歴史総括「近現代史」 学術的評価に耐えられる歴史書の必要性について

今回は、修士論文が予定されている大学院生向けに書かれている歴史学の本などを参考に、学術手法的な視点から書かせていただく。

その前に、保守系言論人が書いた歴史書の中から、読んだ記憶を辿り
「近現代史」のポイントとなる史実(歴史検証は別途)について
時系列的に記述する。

私個人の趣味的歴史観からの見立てであることをおこわりさせていただく。

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近現代史のポイント

・日清戦争終了後、大量の中国人の学生が日本に留学した。周恩来はそのうちの一人

・ハワイ併合はアメリカ人農園主による外国人参政権を行使、拡大した結果、起きた
・ハワイ国王は明治天皇に謁見し、移民拡大を申し出た
・ハワイがアメリカに軍事占領された時期、日本は軍艦をハワイに派遣した

・日露戦争で日本が勝利したことで、アジア・アフリカ諸国の人々が当時熱狂した

・アメリカは日本が日露戦争で勝利したため、自国(西海岸)が攻撃されるのではないかと恐れた
・日韓併合は条約締結の末、実施された
・日本の有志は、辛亥革命や、アジア諸国の独立活動家を支援した

・日本の大陸での戦線拡大は、中国側の相次ぐ軍事的挑発の結果である
・国民党蒋介石の主たるスポンサーは、イギリス、アメリカ、ドイツだった
・蒋介石率いる国民党軍は、ドイツ軍退役将校の支援を得て、最新鋭のドイツ製兵器を揃え、日本軍を苦しめた時期がある
・国民党軍は自国民を苦しめる施策を数々行い撤退し続け、国民各層の信頼を最終的に失った

・ゾルゲ事件関係者に対する捜査は不完全なまま終結した
・松岡外務大臣が、日独伊三国軍事同盟締結後、ソ連に寄り日ソ不可侵条約が突然締結されたが、意図がはっきりしない

・英仏と独間の戦争は、英仏が独に宣戦布告して始まった

・大東亜戦争開戦当時、アジア・アフリカ諸国で独立を維持できたのは、日本とタイくらいであった

・ルーズベルト大統領は、日本軍に最初に攻撃させるべく、日本を徹底的に追い詰めた
・開戦当時、ルーズベルト政権中枢に300人程度のソビエトコミンテルンスパイがいたことが確認されている
・開戦当時、ルーズベルト大統領の政敵だった、ハミルトンフィッシュは、ルーズベルト政権が日本に示した、ハル・ノートの存在を知らされていなかった

・帝国政府声明文では、戦争目的についてはっきりと植民地解放戦争であると宣言している

・最初に開戦日時を決めたのは海軍である
・山本五十六はフリーメーソンであるとの噂がある
・山本五十六は、真珠湾攻撃、ミッドウエー海戦とも離れた安全な場所で指揮をとっていた
・山本五十六は、真珠湾攻撃、ミッドウエー海戦とも自分の作戦計画にこだわった
・真珠湾攻撃では、アメリカ軍の燃料タンクを攻撃せず帰還した
・ミッドウエー海戦の失敗分析を山本五十六は拒絶した
・アメリカ海軍は通商破壊に熱心だったが日本海軍は熱心ではなかった

・ヤルタ協定は、秘密協定であった
・終戦工作をソ連に打診した理由が今一つはっきりしない

・OSS(CIAの前身)は、終戦前に日本共産党と中国で接触していた
・東京裁判は戦勝国による、事後法での復讐裁判だった

・日本国憲法はGHQによる押し付けられたものである
・日本国憲法草案作成に係ったのは、GHQの(憲法の)素人たちである
・日本国憲法は、戦争放棄している点において、フイリピン植民地憲法と似ている箇所がある

・GHQは占領政策実現のため、日本共産党の支援を受けた
・GHQは、焚書、検閲、プレスコード等の言論監視を行った
・GHQは、WGIPによる、洗脳工作を行った
・GHQ占領時代、キャノン機関等による謀略工作があったと噂されている

・マッカーサーは日本のキリスト教国化を意図した時期がある
・マッカーサーが解任された理由が今一つはっきりしない

・A級戦犯は国会決議で免責となった

・佐藤栄作首相は、沖縄返還に際して、尖閣は日本独自で資源開発するとアメリカに回答した

・戦後、ロッキード事件が起きるまで、マスコミ業界人が恐れた右翼の大物は児玉誉士夫である

・ロッキード事件後、児玉誉士夫が排除され、CIAと韓国系の日本支配が強まった?

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ここに書きだした情報、大部分が、在野の研究者、保守系言論人が書いた歴史書あるいはノンフィクション本にて参照できるというだけであって、学術研究的な視点から見た場合、不十分な状態のものも含まれる。

歴史のプロであるはずの歴史学者たちが一次史料を収集・整理し歴史論文を書いたのを見て、まとめたものではないのである。

まどろっこしい言い方で恐縮だが、
要するに、歴史のプロであるはずの歴史学者たちの大半が共産主義者だった時代があり、特に開戦前後、東京裁判、GHQ占領支配について、彼らは研究しないどころか、在野の研究者、保守系言論人の研究成果を無視してきたことが、在野の研究者の書いた歴史書の文章から散見されるのである。

在野の研究者、保守系言論人は、とりあえず、世論を覚醒させるために歴史書を書かざるを得なかった。だが、残念なことだが、学術的手法という視点から見て、一部不完全だったものが存在していた?
一方で、歴史学者たちは、妥当なものも不完全なものも無視し続けてきた。
在野の研究者、保守系言論人は、書店で流通する歴史書を書いた。歴史学者は学界内で流通する歴史論文あるいは東京裁判史観の歴史書を書いた。
在野の研究者、保守系言論人が書いた歴史書と、歴史学者が書いた歴史論文は、互いに接触(論争)することがない、別次元の世界で発表され続けてきたようなのである。

拙ブログは、再三にわたって、歴史学者、憲法学者を含む文系学者たちの、大規模リストラを主張しているのは、これら社会的に役立たずの公務員学者を捨てるべきだと、考えた結果なのである。

その一方で、ここで掲げた情報の中の一部において、在野の研究者、保守系言論人により書かれたものが多い関係で、歴史学的な検証手順として、一次史料等に基づいたものでない、ものが含まれていることを懸念している。

ここで知っていただきたいことがある。
それは、学術的に妥当な手順、手法ではない、(在野の)研究成果については、政治的にもその(学)説を採用することは難しいということである。

すなわち、史料収集、史料検証という手続きを経ない歴史文書、史料根拠を示さない歴史文書は、願望を語っていると扱われることである。

世の中には、歴史学の手法に基づかず、史料根拠を示さない、歴史書をリライトした程度の本、ブログが氾濫している。
初学者たちの中には、文章的に感動的という理由で、この程度のものを絶賛したがる傾向にあるが、文献的価値はまったくない。読んで心地いい文章であるかどうかと、研究評価とは無関係なのだ。
歴史学の手法を知らず、自ら歴史研究者を名乗る方はたくさんいるようである。(ちなみに私は、歴史研究者ではない。渡部昇一氏の場合は、素人でも研究者ではないと、ある本で自己紹介している。)

言い換えて説明したい。
歴史論文は一次史料を根拠に書かれる。渡辺惣樹氏が書く歴史書の場合は特にそうだ。渡部昇一氏が個人の書斎として突出した蔵書量であるのは、そのためなのだ。
一方で、一次史料を元に書かれた歴史書は極端に少ない気がしている。歴史書に書かれてあるから史料検証が済んでいると錯覚して書かれた(リライト)歴史書が、大部分ではないかと思われるのだ。史料検証が不十分な歴史書を、引用、リライトしたところで、文献価値があるはずもない。
実際、書店には、リライトものの歴史本だらけである。

学術的手法に基づかない研究、リライト本は、歴史研究という世界においては、意味をなさないだけでなく、中韓や捏造歴史学者との歴史論争において、対抗力を持たない。少なくとも、参照箇所、参考文献を示さない歴史書は、肝心な場面で、歴史文書としてだけでなく、政治的にも無力なのだ。

写真一枚を例にとろう。撮影者、撮影日時、撮影場所を示していない写真は、史料としての価値がそもそもないのだ。歴史ブログで写真をペタペタ貼りつけるものを見かけるが、著作権法上の問題とは別に、私は研究者としての常識を疑う。

すなわち、歴史書を書くつもりがあるなら、歴史学を学ぶ必要を指摘するのである。

さて、安倍談話を受けて、「歴史を総括する必要性」に思い至った方は多いと思う。

私は、安倍政権は、歴史検証作業が不十分、不完全な状態で、過去の間違った談話と政治的に対峙させられる中で、文章レトリック技術を駆使した安倍談話で、政治的にはとりあえず打開することができた、と評価している。

私は、
侵略ではない=経済的に追い詰められ自衛のための戦争をせざるを得なかった、
植民地支配ではない=条約に基づく併合であり内地と同等水準の予算枠を設定しインフラ整備・産業振興・民生の向上に努めた、ということについてすら、安倍政権が参照し、国民各層に示せる歴史書が僅かしかないことに、気づいていた。

多くの保守層は、歴史書を読み始めている。私もその一人だ。
だから、本稿で、その成果として、どの辺に近現代史のポイントがありそうか、(趣味的部分は排除できないが)文章化を試みたのだ。

そして、保守系言論人は、手裏剣の如く、歴史書を執筆し始めている。
ベストセラー書の動向などから、少なく見積もって、10万人の保守層は、歴史書をしっかり読み込んできたようである。

そうした状況から、学術研究作法的に妥当な歴史文書が増え、近現代史のポイントとなる個々の記述が、歴史論文と同等であると認知される日が来ることを私は期待している。

それができて、学術的には、「歴史の総括」が初めて可能となるのである。

政治家がいくら歴史総括したくても、歴史学的な検証が先なのである!

道のりは長い。だが、くじけず、一歩一歩、史料収集、史料検証、文章化という作業を経て、乗り越えなくてはならないということなのである。

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