CIA、フリーメーソン、国際金融資本の関係について

タイトルがタイトルだけに、本稿は、妄想扱いとさせていただく。

現在売り出し中の、米国在住と思われる作家、西鋭夫の自己紹介に思わぬ一文が載っている。

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http://www.prideandhistory.jp/sp/nikoumj/adw.php?gclid=CPrNgPbVwMoCFZYrvQodweMCwg

西鋭夫

CIAのスカウトを蹴り
ラストサムライの異名を持つ

 さらにその調査能力が買われ、博士号を取得して10日後にCIAからスカウトを受ける。CIAの一員になれば、カネも地位も簡単に手に入る。調査官曰く「東京にはCIAの協力者がかなりいる」「国会議員にも10人以上」(明確な数字は言わない)「産業スパイも当然の政策だ」(注:これらの発言は1976年当時のものである)そしてCIAになれば毎日が大冒険だと...誘ってきた。

 しかし、CIAになるという事は国籍を変えなければいけない。その瞬間、自分が日本人だという事を痛烈に自覚した。そして「私が日本を裏切るれるなら、将来、アメリカも裏切る。CIAはそんな人間を雇うべきではない」と断り、CIAの調査官が感激し、リアル・ラスト・サムライとの異名を持つ。(※西鋭夫著 「日米魂力戦 中央公論新社」より)

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カッコ良すぎる紹介であることに、私は戸惑っている。イメージ戦略が先行しているのが鼻につくのだ。
カッコ良く描かれる人物と言えば、私は、白洲次郎本や瀬島龍三をモデルにした、山崎豊子の不毛地帯を思い出した。
不自然にカッコ良く描かれるには、意図があることは明らかだ。白洲次郎については、徐々にその正体が知れわたりつつある。エージェントだっただけでなくフリーメーソンだった可能性大である。瀬島龍三についてはまだ少し時間がかかるかもしれない。

二階堂ドットコムにて、以下のような情報を読んだ。

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http://www.nikaidou.com/archives/70972

宮沢喜一の娘婿はCIAだろう。

JPモルガン証券株式会社副会長。1973年から外交官として米国国務省に勤務し、入省後早い時期から東京、パリ、札幌での勤務を経て、国連へ米国代表団 の一員として派遣される。また、米国国務省ベトナム、ラオス、カンボジア担当オフィスディレクター、1993年から 1997年の間に在台湾米国協会の副ディレクター、1997年から2001年の間は在日米国大使館首席駐日公使、2001年から2003年には米国国務省 東アジア・太平洋地域担当首席次官補を歴任後、将来の日米および米韓同盟を協議する米国国務省のチーム座長。2004年から2007年、駐マレーシア米国 大使。米国オベリン大学卒業後、プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクールにて学ぶ。

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西鋭夫が言及した経歴どおりのようである。

そう言えば、日銀の政策委員にモルガン証券の人物がいた。その後、どういう経歴を辿るのか、調べておく必要はあるだろう。

佐藤健裕
http://www.boj.or.jp/about/organization/policyboard/bm_sato.htm/

宮沢喜一の娘婿の最終学歴に、プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクールとあるが、倉山満の本によれば、ウッドロー・ウィルソンという政治家は、世界に紛争の要因をばら撒いた、戦争政治屋みたいな位置づけで度々登場する。

ウッドロー・ウィルソンは自らをキリストと同一視していたのだそうだ。ウッドロー・ウィルソンの親は牧師だった。

ウッドロー・ウィルソン 心理学的研究 S.フロイト W.C.ブリット
http://ameblo.jp/yoshma/entry-11523420214.html

フリーメーソンについては、戦争ビジネスで儲ける金融資本家集団で構成されると語られることが多いが、宗教的な意味での外交方針を策定したのは、このウッドロー・ウィルソンではないかと私は眺めている。

宗教団体の衣を纏うフリーメーソン、金融資本家としての金儲けネタ、戦争ビジネス屋が喜ぶ外交ドクトリン、これらは、ウッドロー・ウィルソンが大統領として三位一体化させたのではないかと私はみている。

陰謀論者は、第一次大戦、第二次大戦について、戦争ビジネスのために準備され仕掛けられたとする。
そう実現するための外交上のシナリオを、ウッドロー・ウィルソンが掲げた可能性あることが、倉山満の本での記述から推定されるのである。(なお、倉山満は、陰謀論否定論者である。学者が立場上、陰謀論を肯定することはないことはご理解いただきたい。)

宮沢喜一の娘婿の話題に戻ろう。敗戦直後、宮沢喜一が政界入りした時代、フリーメーソンの政治屋が多かったことが、この時代の本には書かれている。
宮沢喜一もその一人なのであろう。
GHQがキャノン機関からCIAに衣替えする時期、宮沢喜一は、語学屋兼通訳として重宝されたからだ。

なぜそう思うか?

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%BE%A4%E5%96%9C%E4%B8%80

1919年(大正8年)10月8日 - 2007年(平成19年)6月28日)

1942年(昭和17年)1月、大蔵省に入省。沼津税務署長などを経て、終戦時には本省で戦争保険を担当していた。1945年(昭和20年)8月、東久邇宮内閣が発足すると、大平正芳とともに津島壽一蔵相秘書官となる。1949年(昭和24年)には池田勇人蔵相秘書官として、講和条約の準備交渉に携わる。1951年(昭和26年)9月、サンフランシスコ講和会議では全権随員として参加。

英語屋の面目
「政界随一」と謳われた宮澤の英語力だったが海外留学や英語の専門教育を受けた経験などはない。本人によると、東大時代に日米学生会議の日本代表の一人に選ばれて渡米したところ、それまで勉強してきた英語がほとんど使い物にならないことが分かり、一念発起して本格的に英語の勉強を独学で始めることにしたのだという。日中戦争から第二次世界大戦中にかけて、英語が「敵性語」として一般には排斥されていた時代にも、手に入る洋書や英字誌は片っ端から読むようにした。戦後の占領が始まると、GHQとの交渉ができる大蔵官僚として引っ張りだこになり、毎日のように英語を使う日々が続いたという。

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宮坂喜一は、秘書官兼通訳として活躍し、その名を世界支配層に知られることになるのは当然だ。

ここで、数年前に亡くなられた、国際金融資本家の日本の代理人兼通訳だったとされる山本正(ロックフェラーに直接英語で話すことが許された人物という意味)の経歴を参照しておきたい。

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http://www.jcie.or.jp/japan/tym.html

山 本  正

1936年生まれ(昭和11年)、享年76歳

1964年に故小坂徳三郎氏(信越化学社長)のもとで、日米の財界人の民間交流を開始し、小坂氏の衆議院議員転出に伴い独立、1970年に日本国際交流センターを設立した。以来、日本における民間の国際交流のパイオニアとして数々の事業を推進し、下田会議、日米議員交流、三極委員会など、戦後日本の国際化を進める知的交流プログラムを推進したほか、近年は、「人間の安全保障」概念の普及と、地球規模課題における日本の国際的役割の強化にも尽力した。また、独立・民間の非営利組織としての立場を貫き、日本の民間財団やNPO/NGOなど非営利セクターの強化や国際化を支援した。欧米、アジアの政財界、官界、学界、財団界、NPO界などに広汎な人脈を築き、日本と海外をつなぐ架け橋となってきた。

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山本正は、イエズス会の司祭の息子として生まれ、上智大学神学部卒である。年齢的には、宮沢喜一の一世代後となる。何を言いたいか?

宮沢喜一が政界進出したため、大っぴらに、国際金融資本家向けの通訳がしにくくなったので、山本正が引き受けたのだろうと推定できるのである。

白洲次郎も同時代の人物として、その一翼を担ったであろうことは推定できる。

白洲次郎とは何者だったのか インデックス
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50598057

では今は誰か?
竹中平蔵が、経歴的にそうであろうと、睨んでいる。

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竹中平蔵
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B8%AD%E5%B9%B3%E8%94%B5

竹中平蔵氏の住民票操作
http://blog.goo.ne.jp/sinji_ss/e/60818aa09b1f61e24bfbce9e49cc69b4

竹中平蔵はアメリカに資産を持っていて、日本
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313146728

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学歴、徹底した節税指向、日本の富を外国に売り渡すことについて抵抗感らしきものがまるでないこと、そして移民推進派の黒幕であろうこと、などから、要注意人物であることがわかる。

とりあえず、大物クラスについて、シナリオを繋ぎ合わせてみた。

どうやら、CIAエージェントは、留学経験、通訳レベルの語学力、キリスト教の信者であるか何らかの接触があるようだ。CIAエージェントが国際金融資本家の私兵と言われる所以がここにある。

同時に、フリーメーソンが国際金融資本の本丸の牙城だとすれば、CIA、フリーメーソン、国際金融資本が三位一体の関係にあるという推定が成り立つ。

なお、拙ブログの説を真実とするならば、新進気鋭の作家として売り出し中の西鋭夫や竹中平蔵について、とりあえず宗派を調べておく必要があることを指摘し、本稿を終える。特に竹中平蔵については!

この記事へのコメント

中原明
2016年02月01日 04:56
(本コメントは、記事テーマの趣旨から外れ、徒に長いだけなのでコメント表示されなくても構いません)西鋭夫氏は1941年生まれ、最近話題になっているとしても、現在74歳の方に、今後多くを期待するのは無理ではないか。1983年5月に日本工業新聞社からマッカーサーの犯罪テーマにした上下2巻本を刊行。それから32年8ヶ月が経過。新進気鋭の人物というよりは、賞味期限の切れつつある過去の人との思いを強くします。西鋭夫氏は、確かに今をときめく著名人です。「日本はもって5年」「TPPは売国的」などの端的な言葉で、多くの賛同者を得ています。無料DVDで共鳴者を募り、有料会員へ導く仕組みのようです。今、何故、西鋭夫が話題を振り撒いているのかに興味があります。【追記】私は1946年生まれなので古希(70歳)を迎えつつあります。1941年生まれの西鋭夫氏が現役でバリバリなのですから、老け込むには早すぎるかも、と自戒しています。
管理人
2016年02月01日 07:25
お気づきのように、西鋭夫のことについては不明な点があります。それゆえ宗派を確かめたいのです。
渡部昇一が85歳であれほどの著述をしていることを振り返れば、西鋭夫は10年あれば、100冊執筆可能と思います。74歳という年齢を賞味期限切れと見るかみないか、微妙なところと思います。
<今、何故、西鋭夫が話題を振り撒いているのかに興味があります。
根拠はありませんが、ケント・ギルバートみたいな役割を演じるのではないかと予想します。
中原明
2016年02月01日 13:47
貴ブログのコメント汚しで申し訳ありません。(本件を含めて表示無しで結構です)西鋭夫氏の件、宣伝としてではなく、主体性を持ちつつ、YouTube動画を視聴したいと思います。チャンネル「Pride & History」に多数の動画の見本(sample)」があります。一例として、以下を視聴しました。西鋭夫の情報源は何かが語られています。(有料情報の見本らしい)[米国メディア] - フーヴァーレポート9月上旬号より抜粋 https://www.youtube.com/watch?v=mPwIJ4xS9BU

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