政治家と活動家はどう違うのか? どう違うべきなのか?

政治家と活動家は手法が異なる、という話を聞くことがある。
市川房江の市民活動に係わることで政界に入った菅直人、反原発運動をきっかけに国会議員になった山本太郎、活動家あがりの共産党議員池内さおり、当初から過激派繋がりを指摘されている辻元清美などを眺めていると、活動家のスタンスのままで国会議員をやっているような印象がある。

彼らは、活動家時代から、総じて、批判、追及、という手法を駆使しているように見える点において、野党議員だから通用していたのではないかと、思えてならない。

民主党が与党時代のことを振り返りたい。
菅元首相は、福島大震災の際に何をしたか?首相という権力を振り回し、視察のために、原発での急を要する作業を遅延させ、そのために、水蒸気爆発がもたらされたとの噂がある。
池田信夫は、原発停止の事態を、法的根拠なき超法規的措置(見方を変えれば脱法的な行政指導?)である、と酷評している。

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マスコミは再稼働と安全審査の違いに気づき始めた?
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51929126.html#more

「菅直人の呪い」から覚めるとき
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51930706.html

原発の再稼働で法の支配を取り戻せ
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51831986.html

原発はなぜ止まっているのか
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51812248.html

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例えば、辻元清美。震災復興担当だった時代、権力の中枢に座し君臨し、かつ傘下の団体が復興事務局活動に参画することを最優先としたため、被災地支援のための物資が、なかなか配給されず、集積所たな晒しの状況が続いていたとの噂がある。

当時野党だった、自民党は、この2点を徹底追及すれば、この2人の政治生命を絶つことはできたかもしれないが、敢えてせず、復興作業が少しでも進むことを優先した。
悪がのさばり、善がなかなか力を持たない、残念な事例であると私は思っている。

さて、ここである政治家の存在を指摘したい。自民党参議院議員で第二次、第三次安倍内閣の内閣総理大臣補佐官を務める、磯崎陽輔である。

この議員、言語表現スキルに突出しているようである。経歴と実績を参照しておきたい。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%92%E5%B4%8E%E9%99%BD%E8%BC%94

単著
『公務員のための公用文の書き方』(良書普及会、2002年)
『分かりやすい公用文の書き方』(ぎょうせい、2004年)
『武力攻撃事態対処法の読み方』(ぎょうせい、2004年)
『国民保護法の読み方』(時事通信出版局、2004年)
『分かりやすい法律・条例の書き方』(ぎょうせい、2006年)

1996年4月 自治大学校研究部長・教授
1998年4月 堺市財政局長
 総務省大臣官房企画官、消防庁企画官を経て2002年2月 内閣官房内閣参事官(安全保障・有事法制担当)
2004年4月 総務省国際室長
2005年4月 救急振興財団審議役・救急救命東京研修所副所長
2006年7月 退官(退官は総務省大臣官房参事官)

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この議員、その辺にいる、保守系議員とは、少し毛並が違うようである。どういうことかと言うと、公文書界の権威のようなのだ。
特定秘密保護法の国会内の修正協議(私の主張2013)などを手始めに、第二次、第三次安倍内閣の重要法案に係わる、重要説明文書が、この議員の周辺から発信されている気配があるのだ。

件の議員の「私の主張」のサイトは、それらの情報が集積されている。

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私の主張 2015
http://isozaki-office.jp/myopinion.html

私の主張 2014
http://isozaki-office.jp/myopinion_2014.html

私の主張 2013
http://isozaki-office.jp/myopinion_2013.html

私の主張 2012
http://isozaki-office.jp/myopinion_2012.html

私の主張 2011
http://isozaki-office.jp/myopinion_2011.html

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見事なものだ。

私は、全部読見込むほどの根気はないが、これだけ正攻法で書けている点において、政治家としての格の違いを思い知らされるのである。

ここで、活動家あがりの左翼の政治屋たちと、正攻法の政治家たちを比較し、整理しておきたい。

活動家あがりなので、批判、追及だけ。国家、国民がどうなろうと知ったことではない。活動家集団にとっては、政治の場で権力を維持することが最優先事項のようである。
ある全国紙の主筆のスタンスと一致するものがある。

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http://b.hatena.ne.jp/entry/248317585/comment/isaac_asimot

『すると主筆はこう答えた。「対案を出すのには才能がいる。努力もいる。金も時間もいる。しかし、批判なら何もいらない。うちの読者には土井たか子さんのファンが多いから、ヘタに対案など出せば部数が~』

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対して、時の内閣総理大臣補佐官はどうか、公文書作成スキルの権威並に、本を執筆し、官僚たちに業務規範として示し、自らは、政治的主張をしつつも、重要法案の与野党協議の場において、その文章表現スキルを縦横無尽に駆使し、第二次、第三次安倍政権の政策実現の扇の要の役割をこなしてきた。

活動家には決してマネができない次元のことである。私は、野党に活動家あがりの議員が蔓延ると、政治の質が下がることを危惧している。

ただ、保守系にも当選はしていないが、国政を目指そうとしている活動家は存在している。田母神俊雄はその代表格である。

その田母神俊雄が、安保法制見直しに係わる国会審議について、かく苦言を呈している。

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https://twitter.com/toshio_tamogami/

田母神俊雄 ‏@toshio_tamogami
中国や韓国なども日本の安保法制に反対する。これが決まらなければ日本の政治は弱いままで、中国や韓国の意見を受け入れると思っているからだ。日本国民は考えるべきだ。中国や韓国が反対する政策は正しい政策で、中韓が賛成する政策は間違った政策であることを。頑張れ安倍総理。

田母神俊雄 ‏@toshio_tamogami
世界の軍は禁止事項が決められた禁止規定で動く。今回の安保法制はまだ禁止規定ではなく、やっていいことが決められた根拠規定である。どれほど細かく決めても根拠規定では必ず抜けが出る。しかし安保法制が決まれば我が国の国を守る意志は内外に強く表明されることになる。抑止力は向上するであろう。

田母神俊雄 ‏@toshio_tamogami
安保法制が出来ると日本が極めて危険な国になるような報道が行われている。しかし今国会で決めようとしているような法律は諸外国ではみんな出来ていると言ってよい。日本だけが特別な国になろうとしているわけではなく、よその国と同じような法律を作ろうとしているだけです。国際標準になるだけだ。

田母神俊雄 ‏@toshio_tamogami · 5月29日
安保法制の国会の議論で、野党がこのような時はどうか、これは出来るのかとか質問をして総理の答弁を引き出し日本政府の手足を縛ろうとする。中国や韓国など外国はさぞ嬉しい事だろう。野党の質問は外国に利するだけだ。日本政府の手足を縛れば日本国民を守れると思っているような政治家が多い。

田母神俊雄 ‏@toshio_tamogami · 5月26日
存立危機事態は、国会で議論すればするほど、相手国に対しどのようなときに自衛隊が動けないのか通知する事になります。細かな事は秘密でやらないと法案自体の意味がなくなります。国家のために議論して欲しいと思います。

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私は、この種の発言に、田母神の真骨頂を見る。
事務所経費の管理が1円きざみでしっかりできて、領収書をきちんと添付シートに糊付けできて、安保法制の議論の本質が見えない、政治家など、不要なのは言うまでもない。

最近、某テレビ局が突出して田母神批判を続けているとの噂を聞くが、多くの保守層が知りたいのは、安保法制の与野党協議の何が問題なのかであって、個人攻撃ではないはずだ。

最後に、言葉を使う目的について、触れたい。

左翼の活動家あがりの政治屋たちは、言葉を政治目的を達成するためのものと位置づけ、その主張は、常に主観的であるとみなせる。
内閣総理大臣補佐官が使う言葉は、公文書として通用し、国民各層に政権が進め実現しようとする、重要政策について、論理的妥当性、正当性を証明するための手段として使用されている。

田母神は、戦後、情報封鎖された事項について、普通の国ではなかった日本が、どうすれば普通の国並みの国防とできるかについて、国民各層にわかりやすく伝える目的で言葉を使っている。
ただ、彼は、磯崎陽輔並の精緻さを以て、経費管理することは不得意かもしれない。が、国防という国家の重要事項のみを託すのであれば、他に任せられる政治的逸材はなかなか見当たらない。

最後に、福田恆存の「人間の生き方、ものの考え方」(学生たちへの特別講義)の「講義1 悪に耐える思想」の「言葉は主観的なものである」の一節の中から、気になった箇所を転載させていただく。
ともすれば客観的表現ばかりを用いる、保守系政治家にとって、言葉を主観的に使わざるを得ない場面において、参考になればと思う。政治家安倍晋三は、本稿では具体的事例を示さないが、言葉の主観的使用、客観的使用の使い分けが巧みである可能性があり、また、それが安倍人気の源泉となっている可能性を指摘し(小泉純一郎の全盛期もそうだった?)、本稿を終える。

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「人間の生き方、ものの考え方」(学生たちへの特別講義)
13~18頁

講義1 悪に耐える思想
言葉は主観的なものである


言語道具説ということをよく申します。言葉は道具なのだ、道具だからお互の間に通じなければならない。同時に、通じさえすればどうでもよろしいという考え方です。表音主義者たちははっきり自分でそう申しており、言葉が何か神秘的なもののように考えるのは間違いだと申しています。他方表音主義者に反対の人達は「言葉を道具とは何事だ」と申します。ところが私は言語道具説で結構だと思うのです。言葉によってしか、ものを考えられないのだから、言葉は考える道具で差し支えない。問題は道具ということの解釈の仕方にあるのではないか。

途中略

よく道具というと手足の延長であると言われますが、実を言えば手足もまた道具なのです。その人の生理あるいは心理というものにぴったり密着して機能的に動いている道具なのです。道具というものは決して単なる物質、物ではない。すなわち物ではあっても、必ず主体である私たちの精神とか心とかいうものの癖を受けているものなのです。いかなる物も必ず私たちの心がそこにしのび込んでいる。万年筆の例でもおわかりのように、物というものは必ずそれを使う人の手癖になじんでいる。あらゆるものがその人の生き方を内に含んでいるのです。だから物といって軽蔑するのは間違いなので、道具にしろ物にしろ、それはすべて心を離れては存在しない。心そのものである。

途中略

そういう前提で考えてみれば、言語道具説というのは決して悪いことではない。言葉というものは、言葉という客観的な存在と、私たちの心が出会う場所という意味での道具なのであります。しかしわれわれがうっかり、鋸というものが私たちから離れて存在するものであり、Aの大工によっても、Bの大工によっても同じ効果を発揮するものだと考え勝ちであるように、言葉もとかくそれを使う人から離れた客観的な意味をもっていると思い勝ちなのです。しかしこれが大きな間違いであって、マイクロフォンとか、コップとか、それを使う人の個人差が少なく、独立に存在し得る要素の強い言葉もありますが、言葉によってはむしろ主観的な要素を非常に強くもっているのです。

途中略

このようにみんなが自分が使い易いように、言葉を自分の道具として使っているのです。今述べたように鋸や愛や母親や、その他あらゆる言葉がその人個人の言葉となってしまっている。すなわちそれは国語辞典というよりもその人の個人語なのです。だから同じ言葉を使っておりながら、皆が外国語をしゃべり合っているようなものです。本当の外国語ならわからないからはっきりしてお互いに誤解は生じない。ところが何か同じ国語をしゃべっていると、すっかり同じ言葉を使っているように思いこんで、そこに混乱がおこるのです。

それでまず第一に言葉というものは、客観的なものではない、というよりも自分の生命そのものであるということをはっきり腹に入れて貰いたいと思います。

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この記事へのコメント

通りがけ
2015年06月01日 19:09
BCASカード破棄NHK解約
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「忘れられた日本人」

宮本常一先生の言葉
hellow42.blog.fc2.com/blog-entry-366.html

地域の文化というものは、それだけの高さがある。
東京に向いてものを言うようになると、
知らないうちにランク付けされ、地域の人を卑屈にしていく。
そうすると、地域のもつ素晴らしい文化を、だんだん価値のないものにしていく。
これから100年後、子孫に誇れるものがあるかどうかを考えることが大切だ。
受け継ぐものは、新しいものと旧い(ふるい)ものを掘り起こしていくことだ。
けっして、政府などから、お金をもらってやるべきことではない。
遺すべき文化や、ものは、簡単に決めるべきではない。
事実の中にあるものを、丁寧に見つけ、すくい上げることが大切だ。
そして物事を決めるときは、みんなで車座になり、喋りながら決めるのがいい。
上下の関係なく、みんなの顔を見ながら、同じ視点で話し合うことが大切だ。

__//団欒(ダンラン)とは - コトバンクデジタル大辞泉 -
団欒の用語解説 - [名](スル)1 月などがまるいこと。また、まるいもの。2 集まって車座に座ること。まどい。3 親しい者たちが集まって楽しく時を過ごすこと。「食後に家族が―する」「三人して―して食った」〈花袋・田舎教師〉/
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日本人はBCASカード破棄してNHKと解約すべし。
家庭内で車座になっての家族団欒が日本人を取り戻す。
管理人
2015年06月01日 20:20
自分でブログやったらどうですか?

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