平沼赳夫党首も厳しい選挙戦だそうだ 「平沼赳夫」は首相になるべき政治家だ

先ほど平沼事務所からメールを受領した。
自民候補にかなり追い上げられ、平沼党首、かなり厳しい選挙戦を余儀なくされているとのことだった。

内容的には、かなり悲痛なメールだった。

平沼赳夫党首自ら、厳しい選挙であること、支持者に必ず投票に行って欲しい旨の呼びかけががあった。

ネット界の皆さんに、党首自ら厳しい選挙戦であることを吐露していることに、気づいていただきたいこと、平沼赳夫党首にどうしても選挙戦勝利いただくため、拙ブログは、党首選挙支援のため、出稿を決意した。

さて、私は、麻生内閣当時から政治ブログ活動を始めた。

日々設定テーマについて、どう受け止めるべきか、どう表現すべきか、悩む日が続いた。
ブログでは「花うさぎ」さんのブログを手本とさせていただいた。「花うさぎ」さんのブログは写真が良かった。
http://hanausagifan.blog.jp/

ただ、政治家は、誰が素晴らしいのか、評価しかねていた。そんな矢先、中川昭一先生が亡くなられた。
私は、漸くすべてを知った。私は、中川昭一先生が保守政治家として如何に偉大な存在であったか、そしてその路線を堅持しようとする政治家が少なくとも二人いることを、中川昭一先生がなくなって初めて知った。
一人は、再び首相に奇跡的に返り咲いた、安倍晋三。もう一人は平沼赳夫である。

安倍晋三については、説明するまでもないが、平沼赳夫については、ホームページのあのしぐさに惹かれた。

平沼赳夫
http://hiranuma.org/
画像



民主党に政権移行し、中川昭一先生亡き保守政界の中で、平沼赳夫の招きいれるしぐさの画像に私は何度も励まされた。

また、後援会員となった直後、平沼赳夫事務所からは、後援会員としてやるべき義務が存在していることを知らされた。
私は目覚めた。
政治家を支援するということは、投票だけでなく、集会に参加し、演説会場に出向き、ポステイングし、必要なら提言し、寄付し、マスコミが偏向報道すればマスコミに抗議活動することも含まれることを、遅まきながら理解した。
平沼赳夫党首個人について、マスコミの偏向捏造が少ないのは、支持者の決意をマスコミが恐れていることと無縁ではないと思う。

また、民主党政権時代、保守系ブログは、下手をすれば「人権侵害救済法案」の餌食となりかねないリスクがあった。保守系ブログにコメント投稿される方はお気づきでないかもしれないが、保守系ブロガーは、民主党政権時代、「人権侵害救済法案」が法制化された場合、ブロガーとして何番目にノミネートされる可能性があるのか、少なくとも拙ブログは、そういう危機意識を以て書いていた。ブログランキング50位くらいにあったので、ブログランキングトップ10のブログが対象となった場合、次に狙われるだろうのは自分のブログとなるだろうと内心覚悟した。
ただ、そんな日に限って、平沼事務所から、人権侵害救済法案に反対する、見解コメントがメールで届いた。ブログにてコピペさせていただいた。本当に心強かった。

ブロガーとして、日々、孤独な戦いを強いられている関係で、同志が身近なところにいる、気持ちになったものである。

また、平沼事務所の皆さん、親切な方ばかりだった。

民主党政権時代、谷垣自民党は、党の分裂を抑え、なんとか踏みとどまり、政権奪還を果たしたが、自民党は、活動家とはあまり連携しなかった。というよりは連携しようとしなかった。従って、民主党が進める売国法案の砦は、活動家にとっては、平沼赳夫だったのである。こうしてブログ活動を続けられるのも、平沼赳夫という政治家を頂点とする「たちあがれ日本」のおかげであると思っている。

さて、政治家としての平沼赳夫、通産大臣までは、飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、郵政選挙で自民党から離れ、首相となる目はなくなったかに見える。

能力的にも実績的にも、私がここでどう書こうが書くまいが、自民党にいれば、町村信孝よりも格上として処遇されてしかるべき政治家だと誰もが認めるとおりである。

政策的には、保守本流そのものである。この政治家の主張にいちゃもんつける政治家は、保守政治界にはまずいない。

平沼赳夫
http://ja.wikipedia.org/wiki/平沼赳夫

その平沼赳夫党首であるが、年齢的にみて、今回の選挙戦が実質的に、首相になれるかどうかのラストチャンスとなるだろうと私は見ている。

田母神が自公分断を意図して、出馬したと語っている以上、田母神が小選挙区で勝利した場合、すなわち、「次世代の党」候補が小選挙区で勝ち抜く候補者が続出した場合、連立組み換え、すなわち、平沼赳夫党首の処遇問題が取りざたされることになるだろうと私は予測する。

是非そうなって欲しい。

私は、この数年間、政治家平沼赳夫から多くのことを学ばせていただいた。
私は、政治家を目指してはいないが、中川昭一の逝去から政治を学ぶ必要性を痛感し、学ぶなら平沼赳夫先生から直々に学びたいという気持ちは捨てていない。

そして、今回の衆議院選挙、平沼赳夫の弟子たちが全国各地で、立候補しているそうだ。平沼チルドレンによる、「次世代の時代」が到来しつつあるのだ。

それゆえ、平沼赳夫党首で闘う、この選挙戦にて、平沼赳夫党首が小選挙区で勝利することはもちろん、党首以外の「次世代の党」候補者が続々勝利することで、自公連立をやめさせ、平沼赳夫党首閣内入りを祈願するのである!

最後に、平沼赳夫党首の同志である、三宅博議員(「次世代の党」の立候補者)が、政治の道についてかく語っている。三宅議員のこの話は、何度読んでも素晴らしい。三宅博が主張する、その「政治の道」を日々実践してきたのは、平沼赳夫党首自身であることを、私は疑わない。

………………………………………………………………………………

平沼グループの三宅先生の過去のメルマガから転載(数年前に受信したもの)

今日、私が皆さんにお話をさせて頂こうと思っておりますのは、平沼先生がお話をされ、西村先生がお話をされ、私ごときが皆さんにお訴えをすることはないんですけれども「政治家に求められる根本的使命は何か」というお話をさせて頂きたいと思います。

この国は多くがですね、国民もわれわれ政治家自身も大きな勘違いをしているんではないかなと、ゆうふうな思いが致します。政治家といういうのは、非常に難しい法律あるいは経済運営そういったものを習得し、そういう複雑なニーズに応えなければならない立場であるというのが、多くの有権者あるいは政治家自身の考えであると思うんです。けれどもこれは根本的な部分で勘違いをしているんではないかなと思うんです。

それじゃあ政治家に求められる最大の本分、資質および使命は何かといいますと、これは「道を説き道を樹(た)てる」ということなんです。人の道・国の道、この部分を体現するのが我々の仕事ではないかなという風に思います。この部分が忘れられて色んな政治的なテクニック、あるいは法律の微に入り細に穿ったようなことばっかりに目を奪われて、本来の道を説き道を樹てるというこの部分が忘れられているんじゃないか。たとえば我々政治家に求められる最大の使命は、国民の精神的なリーダーになるということなんです。しかもこれは単に言葉だけじゃなしに、自らの生き方をもって多くの国民の方々に感銘や勇気と希望を与える、そのような姿を指し示すのが我々に課せられた最大の仕事であろうと私は思います。

一度日本の歴史というものを振り返ってみますと、六〇四年に聖徳太子が十七条憲法を作られました。聖徳太子が十七条憲法に纏(まと)められたんですけれども、何もない中でその十七条憲法を作られた訳ではないんですね。それ以前からこの日本の国でずっと脈々と生き続けておりました国民の価値観、あるいは歴史・文化・伝統、こういったものを十七条の憲法に纏められたのが聖徳太子であろうと思います。

「十五に曰く、私に背いて公に向かうは是(これ)臣の道なり」これまさに道を説いていらっしゃるんですね。聖徳太子が説かれたこの十七条憲法がその後も千数百年間脈々と息づき、明治維新のときの五箇条の御誓文にもその精神というものがずっと続いてきておると思います。そこにはどう書かれているかと申しますと、「旧来の陋習を破り 天地の公道に基づくべし」ここにもやっぱり道というものが表されているんですね。それらが後の教育勅語に反映されております。日本はやっぱり道の国なんですよ。このまさに道の国、あるいは人の道・国の道、この部分が今一番忘れ去られて、そしてまた傾き歪んできているのではないでしょうか。過去、聖賢と言われた方は、もちろん色んな才能がございましたが、しかし何をされたかというとやっぱり人の道・国の道をずっと説かれ、そして樹てられ、自らそれを実践した訳でございます。

日本の形成過程に色んな方がいますけれども、その中で皆さんが親しい・分かりやすい例を挙げますと、二宮尊徳翁なんですね。彼は多くの傾いた藩財政を立て直されました。それから先程のお話にも出ましたご当地の山田方谷(ほうこく)先生もそうなんですけれども、経済的な困窮・逼迫した財政をどのように立て直されたか。あれは高度な経済テクニックを使われたんじゃないんですよ。あれは二宮尊徳翁も傾いた藩財政を立て直すときにまず何をしたか。その藩の「人心の立て直し」まずされたんです。そして藩財政というものを立て直していった。山田方谷先生もまさにこういうやり方をされたお方であると思います。山田方谷先生も事の外に身を置いてこそ、その事というものは成就するんだということを仰っています。経済の中に身を置いて、損や得や、お金のことをずうっと頭に描きそれでやってたら藩財政なんか元に戻らないんだと、それよりも人心の立て直し・道徳心を立て直しをしていかなくては藩財政というものは元に戻らない。こうゆうことから始められて、

それで財政再建を実現されたんですね。そしてまた皆さん、我々が最も尊敬する吉田松陰先生もそうゆう風な道のことを仰っていますね。吉田松陰先生は自らの松下村塾の塾生に対して何を仰っているかと申しますと、非常に辛辣(しんらつ)なことを仰っています。「僕は忠義をするつもり 諸友らは功業をなすつもり」吉田松陰さんは損とか得とか、生きるとか死ぬとかは関係ない。私がしようとしているのは忠義やと。君らがやろうとしているのは功業(=手柄)じゃないかと。功を挙げ、業(なりわい)を成そうとしているんじゃないかと。こういう自らの弟子に対しても辛辣なことを仰っています。

それから南洲翁・西郷隆盛公ですね。彼もずうっと説かれておりましたのは道だと感じますね。南洲翁遺訓(なんしゅうおういくん=西郷公からの聞き取りを編纂したもの)に書かれているのは、まさに人の道・国の道、外交にしても「人倫の道」というものを強く訴えられました。

またそれ以降、乃木希典将軍ですね。この人は大変な軍人でおられましたけれども、乃木将軍もずっと道を追求した方ではなかったかなと私は思います。一切の損得あるいは功業こういったものを捨て去ってですね、なんとしてもお国のお役に立ちたいという一心で来られた方だったではなかったでしょうか。だからあの日露戦争のときに、旅順の攻略戦のときに、最後に勝敗を決したのは何だったか。相手は分厚いコンクリートに固められた難攻不落近代要塞ですね。これを最後は何をもって崩したか。
三千人の白襷隊(しろだすきたい)ですよ。

日本刀と銃剣によって夜陰に乗じて敵のトーチカになだれ込んでいってあっという間に三千人が全滅した。なぜこういうことが可能であったか。その前に乃木さんは自分の息子さんお二人とも金州城下と二〇三高地で亡くされております。勝典(かつすけ)・保典(やすすけ)の戦死により、これで乃木家が絶えるということは分かっているんですね。最も危険なところに自分の息子二人を差し向けられて亡くされた。その乃木さんが三千人の決死隊の方々に涙を流しながら「死んでくれ、死んでくれ。」といって頼まれた。その三千人の白襷隊の募集をするときに「長男は駄目だ。次男三男が志願せよ。」と言いましたが、蓋を開けてみると長男がダーっとやっぱり来られたんですね。「この乃木さんが国を思う忠心というものに我々は応えなければならない、乃木さんの下で私も死にたい。」というような思いがあって、三千人の方が白の襷を締めて夜陰に乗じて日本刀で切り込んだ。そうして白の襷が朱に染まった。全滅をしましたけれども、そのことによってあの難攻
不落の二〇三高地が落ちた訳です。
これはロシア軍の戦史のほうに、あのときの十一月ニ六日の白襷隊に謂(い)われなき恐怖を覚え、屈服をしたということが記されています。

後ほど南出先生がけんむの会で、今からこうゆう風なテーマに沿いまして日本再生への道、まさにここでも記されておりますのは道なんですね。だから我々、特に政治家というものは自らの生き方をもって国民の方々に対して、本当に頭が下がるような生き方をしていかなければならない。我々は、政策がどうこうということはもう二の次・三の次でいいと思っているんです。政策選択なんか、実際そんな難しくないんですよ。私はいつもそう思っているんですよ。そして非常に一見難しそうな政策選択を迫られたときに我々は何をもってそれを決めるか。これは「人の道に背いていないか、国としての道に外れていないか」この判断基準に従ってみていけば、自ずと答えが見えてくるんではないでしょうか。そして先程来申しました、政治家の最大の使命は道を説き・道を樹てる、この二つに尽きるんですけれども、今日本で道を説き・道を樹てられている政治家はたった二人なんです。今しがたお帰りになりました、平沼赳夫先生と西村眞吾先生、このお二人のみが今、道を説き・道を樹てると

いう作業を、色んな逆風の中で、損得抜きで、票とかカネとかそういったものをまったく無視されて、日本の過去の先人の御遺徳に応えるために、あるいはまた御国のために闘い、傷つき、戦死した多くの英霊の方々のご恩に報いるためにはどうすればいいかという、この一心で日々を過ごされていらっしゃいます。私もこのお二方の先生からご指導を仰ぐ立場なので、とてもじゃないですけれど道を説くような資格はございませんけれども、多少なりとも御国のために尽くしていきたい。これからも粉骨砕身私は精一杯、平沼先生・西村先生のお教えを胸に刻みまして、頑張っていきたいと思っておりますので、これからもどうかご声援よろしくお願い申し上げますとともに、本日さっき西村先生が仰いました、この閑谷学校、この地が日本再生の烽火(のろし)を上げる地なんだという風に、本当に私自身も感じております。どうかよろしくお願い致します。

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平沼グループ  三宅博  http://m-hiroshi.com/

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