報道姿勢比較 産経は中立/読売は色眼鏡ということでいいでしょうか?

今回は、終戦の日の戦没者追悼式典報道に係わる、産経および読売報道の内容比較をさせていただく。

朝日、毎日を、比較対象に入れていないのは、偏見に満ち、捏造まがい、戯けた私信レベルの与太話記事が多いためである。比較するまでもないという判断である。

それでは、本論に入らせていただく。

読売のこの記事を読んで違和感を持たれた保守層の方は多いと思う。

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http://www.yomiuri.co.jp/national/20140815-OYT1T50080.html?from=ytop_top

首相、今年も加害責任に触れず…戦没者追悼式
2014年08月15日 13時32分

 69回目の終戦記念日を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が、東京都千代田区の日本武道館で開かれた。

 天皇、皇后両陛下をお迎えして、戦没者の遺族や安倍首相ら各界の代表者など計約6000人が参列し、犠牲になった約310万人を追悼した。

 式は正午前から始まり、天皇、皇后両陛下をお迎えした後、国歌を斉唱した。安倍首相は「戦没者の貴い犠牲の上に、私たちが享受する平和と繁栄がある。歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻みながら、国の未来を切りひらく」と式辞を述べた。多くの首相が言及してきたアジア諸国への加害責任については、昨年に続き、今年も触れなかった。

 正午の時報に合わせて、参列者全員で1分間黙とうした後、天皇陛下が「かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べられた。
2014年08月15日 13時32分

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特に、「多くの首相が言及してきたアジア諸国への加害責任」という言葉が気になっている。

当時、日本が大東亜戦争で係わったアジア諸国は、戦争前は欧米列強の植民地だった。

それらの国のいくつかは、日本の敗戦と同時に、日本軍の支援・協力を得て、独立戦争で独立を勝ち取った。

従って、加害責任という言葉は馴染まない。

植民地支配されていた国への加害責任を言うなら、「植民地支配していた欧米列強軍に対する加害責任」という言葉を使うべきだろう。

この記者は、一体どこの学校で日本の歴史を学んだのであろうか?

内閣記者倶楽部記者が、この程度の歴史認識で記事を書いているとしたら、歴代首相もこんな馬鹿記者相手に、(歴史認識について)語る馬鹿馬鹿しさを感じていたに違いない。

一方産経は、こう書いている。

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http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140815/plc14081519590039-n1.htm

村山氏以降の「反省」、今年も踏襲せず 戦没者追悼式の首相式辞
2014.8.15 19:59 (1/2ページ)[安倍首相]

 安倍晋三首相は15日の全国戦没者追悼式の式辞で、近年の歴代首相が使用してきたアジア諸国の人々に損害と苦痛を与えたとする「反省」を昨年に続いて踏襲しなかった。一方、新たに平和重視のフレーズを盛り込み、未来志向で世界の恒久平和に貢献する姿勢を訴えた。

 首相は、集団的自衛権行使容認の閣議決定に対し「軍拡につながる」などと歪曲(わいきょく)した指摘が多いことを踏まえ、「私たちには変えてはならない道がある。今日はその平和への誓いを新たにする日だ」と平和路線を強調。7月にパプアニューギニアで先の大戦の激戦地を慰霊に訪れたことにも触れ、「いまだふるさとへの帰還を果たされていないご遺骨のことも決して忘れない」と戦没者の遺骨収集に意欲を示した。

 歴史認識については「歴史に謙虚に向き合い、教訓を深く胸に刻みながら、今・明日を生きる世代のために国の未来を切り拓(ひら)く」と昨年とほぼ同じ表現を使用、「不戦の誓い」という言葉を使わなかったのも昨年と同様だった。政府高官は「追悼式は国内向けの式典だ」と述べ、反発を強める中国や韓国への配慮は不要だとした。

首相の式辞をめぐっては平成5年に細川護煕(もりひろ)氏が初めて近隣諸国の犠牲者に「哀悼の意」を表明。6年の村山富市氏以降はアジア諸国への加害責任と「深い反省」にも言及していた。

 一方、伊吹文明衆院議長は追悼の辞で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で軍事的圧力を強める中国などを念頭に「わが国を取り巻く国際環境も目まぐるしく変化し、力による現状変更の現実は予断を許さない状況だ」と述べた。

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なかなか、読み応えある内容である。

安倍政権になって、繰り出されるシグナルの微妙な変化、をきちんと押さえた書きぶりであるようだ。

ここで、読売と産経を読み比べるため、これら2つの記事について、重要箇所のみの抽出を試みる。

読売については、気になる箇所は、一箇所のみとなった。

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読売

首相、今年も加害責任に触れず…戦没者追悼式

多くの首相が言及してきたアジア諸国への加害責任については、昨年に続き、今年も触れなかった。

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上記以外は式次第の要約程度なので説明不要。

続いて、産経。
省略する箇所がないとの判断となった。
必要かつ十分な内容と思うのだ。
その視点で改めて読みなおしてみたい。

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産経

安倍晋三首相は15日の全国戦没者追悼式の式辞で、近年の歴代首相が使用してきたアジア諸国の人々に損害と苦痛を与えたとする「反省」を昨年に続いて踏襲しなかった。一方、新たに平和重視のフレーズを盛り込み、未来志向で世界の恒久平和に貢献する姿勢を訴えた。

 首相は、集団的自衛権行使容認の閣議決定に対し「軍拡につながる」などと歪曲(わいきょく)した指摘が多いことを踏まえ、「私たちには変えてはならない道がある。今日はその平和への誓いを新たにする日だ」と平和路線を強調。7月にパプアニューギニアで先の大戦の激戦地を慰霊に訪れたことにも触れ、「いまだふるさとへの帰還を果たされていないご遺骨のことも決して忘れない」と戦没者の遺骨収集に意欲を示した。

 歴史認識については「歴史に謙虚に向き合い、教訓を深く胸に刻みながら、今・明日を生きる世代のために国の未来を切り拓(ひら)く」と昨年とほぼ同じ表現を使用、「不戦の誓い」という言葉を使わなかったのも昨年と同様だった。政府高官は「追悼式は国内向けの式典だ」と述べ、反発を強める中国や韓国への配慮は不要だとした。

首相の式辞をめぐっては平成5年に細川護煕(もりひろ)氏が初めて近隣諸国の犠牲者に「哀悼の意」を表明。6年の村山富市氏以降はアジア諸国への加害責任と「深い反省」にも言及していた。

 一方、伊吹文明衆院議長は追悼の辞で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で軍事的圧力を強める中国などを念頭に「わが国を取り巻く国際環境も目まぐるしく変化し、力による現状
変更の現実は予断を許さない状況だ」と述べた。

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産経記者自身が、昨今の東アジアの軍事情勢の変化に対応して、安倍首相が戦没者追悼式にどう係わろうとしているのか、真摯に取材し、首相官邸の意図を理解し、重要な背景事情をもれなく記述しようとしたことが伺える。

私は、この記事を書いた産経記者は伸びると思う。
必死に情報を集め、それをなんとか繋ぎ合わせようとした苦労が読んでいて伝わってくるからなのだ。

一方、この秀逸な産経記事と比較して読売記事はどうだったであろうか?

戦没者追悼式が、例年どおりのルーチンイベントで所詮敗戦国処理イベントとして、なめてかかって、作文したのではないかと思えるのである。

産経記者の一生懸命さと比較すると、読売記者は、微妙な変化を掴み切れていないようである。

また、同じ日に、読売はこういう報道もあった。

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自民党が在日韓国人への差別を煽るヘイトスピーチを取り締まる法整備を検討するプロジェクトチームを近く設置する方針固める

http://hosyusokuhou.jp/archives/39655431.html

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私は、飛ばし記事ではないかと思って読んでいる。

正午過ぎの配信ということで、タイミング的に、読売は、お盆休暇体制をとっており、この日は、在日朝鮮人帰化の責任者が配置され、この種の記事があらかじめ準備され、この日めがけて配信された可能性がある。

なぜなら、終戦記念日のこの日、戦没者式典があるため、この種のことで安倍首相が動く(指示する)とはとても思えないからだ。

そして、この飛ばし記事の狙いは、戦没者追悼式典直後の報道によって、保守層の離反を狙っている。

この記者にとっては、安倍首相がお気に召さないらしい………………

だから、この日、この時間、この内容で報道したのだと私は解釈する。

昨日でも今日でもいいことを8月15日の正午過ぎの報道としたことには、意図があるということである。

一方、飛ばし記事だったとすると、読売記者の質の低下を指摘せざるを得ない。日本一の購読部数であることで、なんでもかんでも自分たちのシナリオどおり、事が進むと思っているとしたら、思い上がりも甚だしいと言いたい。


一方、自民党関係者には、ヘイトスピーチ法案の件について、この場で警告しておきたい。

J-NSCの登録者は、自民党がこういう法案を法制化準備した瞬間に、あっという間にいなくなるだろう。

韓国の道徳を絶賛した宮川典子議員が、J-NSCのイベントに登場するだけでも、見たくもない韓流ドラマの宣伝を見せられるような気になっているところなのに、ダブルパンチを食らったような感じである。

宮川典子議員はしばらく、J-NSCイベントから身を引くべきだと思う。

はっきり言おう。宮川典子議員は、そもそも勉強不足なのだ。

私は、かなり早い時期に登録したJ-NSC会員であるが、もし自民党が在日朝鮮人の権利のために(在日朝鮮人の権利を日本人の権利以上に重要だと認識して)日本人を弾圧する法案を検討、準備するのであれば、J-NSCであることをやめようと思っている。

私の意見に賛同される、J-NSC会員の方は、自民党に意思表示すべきと思う。

この記事へのコメント

nagomi
2014年08月16日 11:36
読売は共産主義者・ナベツネの存命中は油断できるメディアたる存在にはなりえないでしょう。
靖国参拝に対する独善的な思想が最大のネックです。
以下、ご参考までに。
http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-1679.html
Shirasu J
2014年08月16日 12:27
情報ありがとうございます。
我々は、論説主幹を指導するというスタンスを表明すべきと思います。
少なくともそういうスタンスで私は出稿しております。
Shirasu J
2014年08月16日 13:36
いただいた情報、座視できないと考え、近々出稿することとしました。
大東亜戦争聖戦論は間違いです。
2014年08月17日 17:50
事実誤認があると思いますので一言。

あなたが,おっしゃる「大東亜戦争民族解放の戦い」説によれば,日本はアジア解放のために戦ったと主張したいのでしょうが,正しくは追い込まれたのです。
したがって主体的にアジアを解放したいから戦ったわけではないのです。

・フィリピン   すでに独立の予定であった。
         →日本侵攻により,独立延期。
        43年独立。しかしゲリラが絶えず
        戦後,対日協力者は粛清される。
・仏領インドシナ ビシー政権との取引により,
         独立を弾圧。フランス植民地政府         を存続させる。45年の敗戦後,
         一部有志によるベトミン参加あり
・ビルマ     戦争前,英連邦下で自治領として
         独立を約束。37年にはバー・
         モウ博士によるビルマ人内閣成立     (台湾人内閣や朝鮮人内閣はあったか?)         日本軍侵攻以後,バー・モウ前
         首相,対日協力。43年独立。
         45年インド系住民の虐殺事件(      カラゴン事件)発生。犠牲者637人。
        45年アウンサンら抗日武装蜂起。
・インドネシア  日本軍侵攻。独立派と協力するが         独立は認めず。軍政を施行。44         年の9月ようやく小磯声明を出し         て将来の独立を保障。45年2月         ,独立派の郷土防衛義勇軍の一部         が叛乱。5月独立準備調査会発足
         終戦の翌日ようやく独立宣言。



大東亜戦争聖戦論は誤りです
2014年08月17日 17:55
上記のコメントを出したものです。
読みにくくなってしまったのは,すみません。

大東亜戦争聖戦論は誤りということを述べたかったのです。インドネシアだけを見ても,43年の「大東亜政略指導大綱」では,「マライ」「スマトラ」「ジャワ」「ボルネオ」「セレベス」ハ帝国領土ト決定シ,としているのです。

それでは,到底占領政策がもたないということで44年の小磯声明により「蘭印の独立を保障した。」のです。
Shirasu J
2014年08月17日 19:36
少々見解が異なる点があります。

<あなたが,おっしゃる「大東亜戦争民族解放の戦い」説によれば,日本はアジア解放のために戦ったと主張したいのでしょうが,正しくは追い込まれたのです。
したがって主体的にアジアを解放したいから戦ったわけではないのです。

当方、「大東亜戦争民族解放の戦い」とは書いておりません。レッテル貼りはやめましょう。

読売記者は、民主党政権時代の当該記事をベースに書いたと思われること、
また、大東亜戦争を総括する歴史書が近年、続々出版化され、歴史の真実が明らかになっているのに、記者が安易に「加害者責任」という言葉を使ったこと
記者の立ち位置が、民主党支持?、依然自虐史観のままであると思われること
記事全体の流れから記者の主観で読者を誘導しようとしている意図があると思われること
から、産経記事と比較し批評することとしました。

マスコミが世論をリードする時代は終わりました。
読売記者が産経のように、慎重に言葉を選んで書けば、批判することはありませんでした。
少なくとも、「昨年に続き、今年も触れなかった。」と
2年連続と書いてしまったことで読売記者が、民主党政権時代の原稿をベースに記事にしたことは確かでしょう。

<正しくは追い込まれたのです。
当方、歴史書等にて概ね把握しております。

<大東亜戦争聖戦論は誤りです
コメントされた方が、「大東亜戦争聖戦論は誤りである」という意見を持っていると理解しております。
マスコミ記者のような、意見の押し付けはやめましょう。

議論を続けるのでしたら、「加害者責任」という言葉が、この場合の表現として、適切なのかそうでないのかということに的を絞りたいと思います。
私は、適切でないと判断し、かく反論したということです。



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