「覚醒」には段階がある! 

前稿では、「日本の政治、社会、マスコミ、近現代史の隠された真実」に気づかない、「覚醒不可能な代表格」として、上場企業経営者で経済団体の役員をあげた。
本稿では、覚醒の可能性のあるケースに的を絞り、覚醒の段階について、考察を試みる。

トルストイの「光あるうちに光の中を歩め」という本がある。キリスト教に無関心だった人たちが、人生最期の時を迎え、神を信じ洗礼を受け信徒となった後,あの世に旅立つ姿を描いた、原始キリスト教文学の傑作である。
本来、キリスト教の世界はこうあるべきだろうと思っている。しかし、日本のキリスト教界の現実は、靖国問題、慰安婦問題、神社訴訟などの政治闘争の一大拠点と化している。日本では、在日朝鮮人の半分がキリスト教徒で、日本中のキリスト教会をその資金力で乗っ取り、牧師、神父も相当数が在日朝鮮人帰化であるという噂がある。
「西早稲田2-3-18」で検索すれば、明らかにキリスト教界の上部組織が、在日朝鮮人に乗っ取られ、一大反日拠点であることがわかる。
キリスト教関係者の方、この実態に反論できるだろうか?
私は、既に宗教活動の範疇を超えた政治組織ではないかと認識している。

少し脱線してしまったが、この本を注意深く読んでいくと、社会的な成功に無縁な人、資産や肩書きのない無名な人の方が、神を信じ、幸福な最期を迎えやすいことが描かれている。

前稿にて、経営者として社会的に成功し、経済団体の役員になった経済人が、「日本の政治、社会、マスコミ、近現代史に係わる、隠された真実」に、他の誰よりも気づく可能性がないことについて解説を試みたが、トルストイのこの本は、テーマは違うが、そのことを、宗教という視点から暗示しているのである。

従って、「日本の政治、社会、マスコミ、近現代史に係わる、隠された真実」について、国民各層の覚醒が進んだ場合、真実が知れ渡ってもなお、最後の最後まで、抵抗し続ける、社会最大の愚か者は、経済団体の代表を務める、経済人となる可能性大なのである。

そういうことが予想されるのであるから、伊藤忠や住友化学の経営者の発言に目くじらを立てる必要はない。なぜなら、肩書き、名誉、資産が邪魔をして、物事の真実が見えない、頑固な愚か者であるからだ。

この書きぶり、いささか強引過ぎるかもしれない。

ただ、私は、私で、この数十年間、思索を続け、「この世の物事の真実を知る」(本質的な意味での「覚醒」?を得る)には、出世欲、名誉欲、物欲を最終的に捨て、これらと縁のない、清貧な生き方を指向すべきという人生訓を得ている。

そこで、「日本の政治、社会、マスコミ問題、近現代史等に係わる、隠された真実」を正しく知り理解するに至る、各段階の定義について、頑固な愚か者の経済人、トルストイの本、拙ブログ管理人の人生訓などから、いささか強引な論理ではあることは承知しつつも、文章化を試みる。

基本的には、「覚醒」する可能性がない「頑固で愚か者の経済人」と「完全覚醒し、自らの価値判断により自律的に情報配信する人」を対極に配置し、その間をどう定義するかということになる。

少なくとも

・「知らなかったことがあった」という発見という意味での(初期段階としての)「覚醒」

・上記「覚醒」がもたらす、「無知の知」の自覚

・「無知の知」を自覚し、もっと多くのことを知ろうとする知識欲が芽生える段階

の3段階は存在するのではないかと私は考える。

少なからず、「覚醒」したという自覚があれば、当然、「無知の知」に気づくはずである。
「日本の政治、社会、マスコミ問題、近現代史等の真実」に疑問を持ったら、自分で調べ、分析し、知見を得るはずなのだ。

そう考えると、「覚醒」に至る段階として、下記の5段階がイメージできるはずである。

――――――――――――――――――

覚醒していない段階から覚醒に至る段階

・「覚醒」をまったく必要としない状態(頑固な愚か者)
  ↓
・「覚醒」を認識する状態(発見する段階)
  ↓
・「無知の知」を知る状態(自覚する段階)
  ↓
・「無知の知」を受け入れ、自ら学ぶ姿勢を維持する状態(知識欲の段階)
  ↓
・「完全覚醒」学んだ結果を自律的に情報発進する状態

――――――――――――――――――

次に、「覚醒に至る段階のプロセス」から派生し、「覚醒する可能性ある人」、「覚醒する可能性ない人」の分類を試みる。

○覚醒する可能性ある人

対処の積極性の度合いに応じて、次の3ランクに分類されるのではないかと考える。

①「無知の知」を自覚できる人で、「何事にも自分で調べる習慣がある人」
②、「無知の知」を自覚できる人で、「疑問を持った場合のみ、自分で調べようとする人」
③好奇心か問題意識が少なからずある人(疑問に思ったことを放置する傾向にはあるものの、何らかのきっかけを得てて初めて何が問題なのか考える人)

●覚醒する可能性がない人

ビジネス上の成功者で勘違いする愚か者、敗戦利得者、無関心派が該当するのではないかと考える。

①ビジネス上の成功者で自分は何でも知っていると勘違いしている人
②敗戦利得者としての肩書き、資産等が災いして、生きている間は真実を受け入れ難い人
③何事にも無関心か問題意識がない人

①については、前稿で経済団体トップの名誉職にあるような人が該当することを説明した。

・覚醒する人しない人
http://nihonnococoro.at.webry.info/201407/article_5.html

②、③については、特に説明するまでもない。
ただ、①、②、③から言えることは、覚醒する可能性ない人には何度働きかけようが、徒労に終わることである。

何が何でも覚醒させたいのであれば、ショック療法を採用し、「恥をかかせる」、「処罰する」ことなどが思いつくが、かつての談話発表者に対し、「恥をかかせ、処罰する」と宣言して、素直に従うとは思えない。

この国は、いまだに、マスコミに、多方面で情報封鎖されている状態にあることを認めるならば、「覚醒する可能性のない人」の場合は、マスコミによる情報封鎖を解かなければ、正しい情報を共有化するのは不可能である。

また、「覚醒する可能性のない人」と激しい論争を繰り返す、時間と余裕があるなら、まだ、「覚醒する可能性ある人」に特化してアプローチした方が費用対効果の面で効果があるはずである。

今回は、いささか、強引な論理手法によって、覚醒に至る段階、覚醒している人しない人の定義と分類を試みた。

本稿は、私の思索経験と人生哲学がベースにあって、シナリオ構築していることを私は否定しないが故に、「覚醒」という行為が、多分に、それぞれの人生における哲学感、宗教感と無縁ではないことを示した。

次稿以降では、国民各層の「覚醒」を促す視点からの、マスコミとの全面対決の必要性、アプローチ戦略論について解説を試みる予定。

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