護憲学者は歴史学者と同様インチキ揃いである?

捏造された歴史観に対抗されるため、正しい歴史認識を持つことを日頃心がけておられる方にとっては、歴史学会に所属する歴史学者がインチキ揃いであることは定説となりつつある。

敗戦利得者 左翼歴史学者たちのインチキを見抜こう!
http://nihonnococoro.at.webry.info/201306/article_6.html

では憲法学者はどうであろうか?

私は、大学教養課程にて日本国憲法を受講したことがある。
が、数十年前のことを振り返り、この十数回の講義において、気になっていること3点を以下に指摘する。

①講義の中でGHQが果たした役割について紹介がなく、現日本国憲法の正当性のみ解説していた

その後の文献等により、GHQは強迫的に日本政府に憲法改正を迫ったことがわかっている。(「さらば吉田茂」という本等にその記述がある。)
憲法というものは、押し付けられるべきものであろうか?押し付けられた憲法に正当性などあるはずもない。
常識で判断すれば、憲法無効論の方が、妥当なのは明らかである。

②講義した教官の表情が異常に晴れやかであった

この教官は、戦前の反日教官と同様、日本という国が平和憲法で消滅することがうれしくてしょうがなかった?ため、してやったりの表情だったのであろうと今になって思う。

③教官が推薦した憲法学の本が岩波新書2冊であった

その2冊とは、「日本の憲法 第2版 (1977年) (岩波新書) 長谷川正安」、「比較のなかの日本国憲法 (1979年) (岩波新書)樋口 陽一」が該当していると私は推定している。

長谷川正安は、GHQ協力者として公職追放に係わったと言われる、都留重人のいた一橋大学出身である。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E7%95%99%E9%87%8D%E4%BA%BA

都留重人

1948年(昭和23年)、東京商科大学(現・一橋大学)教授に就任。その後、冷戦下の赤狩り(マッカーシズム)の中でアメリカ留学当時共産主義者であったことを告白する[3]。

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都留重人については、渡部昇一著の「裸の総理たち 32人の正体」の59頁に解説がある。
この教官は、憲法学という学問のためではなく、平和憲法の洗脳目的のために、長谷川正安の本を推薦本として紹介したのであろうと今は思っている。
本当に情けない学者である。

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長谷川正安

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E6%AD%A3%E5%AE%89

1943年徴兵。1945年乗船中の輸送船が機雷により大破、舞鶴のドックで終戦を迎える。この戦争体験から日本軍に反感を持ち、軍隊、組織嫌いとなり、企業就職を拒否し、研究者の道を歩むことを決意するようになる。

46年(昭和21年)東京商科大学(現一橋大学)卒業後、1949年26歳で名古屋大学助教授に就任。1956年に名古屋大学法学部教授に就任すると独自の法理論の、特に主権論で日本国憲法第9条の問題に対して独自の理論を展開している。「真の意味での独立主権国家でしか自衛力は保持はできない」とする自説をもち、戦後憲法学の一翼を担った。議会解散権についても「衆議院は国民に信を問うため『自覚的解散権』を持つ」とするなど、国民主権論についても独自の理論を持っている。

日本共産党系の憲法研究者として、政治運動にも積極的で、世界科学者連盟副会長(1990年 - 2000年)、憲法改悪阻止各界連絡会議代表委員、愛知憲法会議代表委員、日本科学者会議代表幹事等を歴任。愛知憲法会議は坂田昌一、真下信一、新村猛らとともに設立した[1]。

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樋口陽一については、下記サイトにて最近の憲法改正の動きについて意見表明している。

http://reliance.blog.eonet.jp/default/2012/05/post-79ee.html

がとても学者的見解とは思えない。

私には、感情論を振り回しているようにしか思えない。

(それなりに本を読んでいる人なら直感でわかることと思うが)、この方は、自分たちが敗戦利得者であることを公の場で暴かれ糾弾されることを怖れ、あのような姑息な?感情論を展開しているようにしか見えないのである。

①憲法の成立過程におけるGHQの果たした強迫的役割を知らず?(知っていても情報弱者には紹介したくない?)

②日本国憲法はGHQの素人が僅か1~2週間で立案したとされることを知らず(知っていても情報弱者には紹介したくない?)

③比較憲法学が専門の割に、欧米主要国での憲法改正回数にあえてふれようとしない(自民党HPには、主要国にて改正件数比較した紹介がある※)

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http://www.jimin.jp/activity/colum/116667.html

諸外国の戦後の憲法改正

世界の国々は、時代の要請に即した形で憲法を改正し、新たな課題に対応しています。主要国を見ても、戦後の改正回数は、アメリカが6回、フランスが27回、第2次世界大戦で同じく敗戦したイタリアは15回、ドイツに至っては58回も憲法改正を行っています。しかし、日本は戦後一度として改正していません。

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のである。

変な学者である。

少なくとも、憲法学者であることを自覚するなら、GHQ民政局に当時所属し、日本に憲法押し付けに係わった、法学の素人同然の「シロタ女史」の見解について反論して然るべきだろう。
そういう点において、朝日新聞しか読まない方は、お気の毒としか言いようがない。

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http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130204/plc13020417120016-n1.htm

憲法を押し付けた思い上がりと偏向
2013.2.4 17:11 (1/2ページ)[憲法・法律]

2000年5月、参院憲法調査会の参考人質疑で発言するベアテ・シロタ・ゴードンさん
 日本国憲法の草案作りに関わり、昨年末に89歳で死去したベアテ・シロタ・ゴードン女史は、他国に憲法を押し付けるという行為に心の痛みを感じていなかった。

 当時22歳で、米国籍を取得したばかりのシロタは、子供のころウクライナ出身ユダヤ人の両親とともに東京に住んでいたため日本語が話せるという理由でGHQ(連合国軍総司令部)民政局のスタッフに採用され、なぜか憲法起草メンバーに選ばれた。

 著書『1945年のクリスマス-日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』によると、シロタは「日本人というのは、本質的に封建民族」「人権という概念を話しても通じない」と見下し、民政局長のコートニー・ホイットニーから、軍事力を使ってでも憲法を押し付け日本が作ったことにするんだと訓示されて「そんなことは十分あり得る状況に、当時の日本は置かれていた」と思い上がっていた。

 憲法について「ハイスクールの社会科で習った程度の知識しかない」と認めながら「どうしよう! でもチャンスだわ!」と軽いノリで参加する。まずやったのは、日比谷図書館や東大で米国などの憲法を集めることだった。GHQが東京の図書館で米国憲法を探す…。コメディーとしかいえない。


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130204/plc13020417120016-n2.htm

憲法を押し付けた思い上がりと偏向
2013.2.4 17:11 (2/2ページ)[憲法・法律]

2000年5月、参院憲法調査会の参考人質疑で発言するベアテ・シロタ・ゴードンさん
 集めた資料を読んだシロタは「ワイマール憲法とソビエト憲法は私を夢中にさせた」「ソビエトの憲法は…社会主義が目指すあらゆる理想が組み込まれていた」。GHQ民政局は課長(後に次長)のチャールズ・ケーディスをはじめとしてニューディーラー(要するに社会主義者、容共主義者)の牙城だった。

 GHQ内のもう一つの勢力、参謀2部は反共で、民政局の動きを監視していた。部長のチャールズ・ウィロビーは著書『GHQ知られざる諜報戦-新版・ウィロビー回顧録』に、諜報部門がシロタを調査した秘密文書を載せている。そこにはシロタの日本への憎悪が指摘され、ソ連との関係が強く示唆されている。

 シロタが本当に人権を大事に思っていたなら、まず、両親の祖国である強制収容所国家ソ連や、黒人に参政権を与えていなかった人種差別国家米国の憲法を正す努力をすべきだったのではないか。(渡辺浩/SANK EI EXPRESS)

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次に、憲法学者として、マスコミに何度も登場する2人の政治家について、ふれておきたい。

一人は、土井たか子である。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E4%BA%95%E3%81%9F%E3%81%8B%E5%AD%90

同志社大学での講演「平和主義と憲法九条」に感動し、京都大学法学部に合格、入学したが、1949年に同志社大学法学部3年に編入学。憲法学者・田畑忍の指導を受ける。1956年、同志社大学大学院法学研究科修了。1958年 - 1970年に同志社大学、1963年 - 1969年に関西学院大学、1967年 - 1969年に聖和女子大学(現・聖和大学)にて講師を務める[3]。専攻は憲法学。

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だが、土井たか子は憲法学に係わる論文が非常に少ないことが知られている。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1299877857

そして、出自を含め、数々の疑惑(売国、嘘つき)があるのだ。

土井たか子
http://sound.jp/sodaigomi/jinbutu/bakaonna/doi/doi.htm


少なくともマスコミに登場した護憲派の学者としての説を鵜呑みにする方がどうかしていると言いたいくらいである。

では、その弟子とされる福島瑞穂はどうであろうか?

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福島瑞穂

ついに慰安婦問題の「主犯」確定!!社民党の福島瑞穂!!
http://www.hoshusokuhou.com/archives/14533590.html

宮崎・口蹄疫が広がる間、福島瑞穂がしていたこと
http://hibikan.at.webry.info/201005/article_103.html

福島瑞穂、辻元清美の配偶者?赤軍過激派というのは正確な情報ですか
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211665482

福島瑞穂=趙春花でしょ
http://plaza.rakuten.co.jp/akaifusen/diary/201004300000/

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上記情報が100%正しいかどうかは別として、これだけの疑惑だらけの議員の主張の正当性を信じる方がどうかしていると言いたい。

従って、身の回りを含め、護憲にこだわる学者たちは、多かれ少なかれ、出自を偽った敗戦利得者かその一味の可能性が高いということである。

そして、彼ら全共闘過激派世代の過激派は実は在日朝鮮人が支配していた可能性があるのだ。

そして、最近全国的に運動が繰り広げられた、瓦礫処理反対運動、オスプレイ反対運動、脱原発運動、しばき隊、ヘイトスピーチ反対、どれもこれも在日朝鮮人が係わっていることはネット情報から確認できる。

(在日朝鮮人に支配された)マスコミがきちんと報道しないだけなのだ!

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