韓国 国家として韓国民に知られたくない歴史があることを理解しハングル語で拡散しよう

韓国国会が、議員の靖国参拝の非難決議をしてくれたのをきっかけに、これ以上の歴史捏造ならびに理不尽な要求を許してはならないと判断し、韓国民に対し、朝鮮半島の歴史の真実の中で「韓国政府が韓国民に知られたくない不幸な歴史」について、最近出版された本などから、分類・整理を行った。

全部で8項目ある。

―――――――――――――――――――――

1.新羅にて発生した相次ぐ親族殺しによる王権剥奪の事実
2.独立国家としての時代が少なく、ほとんどの時代中国の属国であるばかりか、その格付けが最下位レベルだった
3.近親婚の存在(支配層、被支配層共通)
4.宗主国に献女外交を続けた
5.新羅の基礎は倭種が造った
6.朝鮮は日本の犬であり、日本に朝貢外交を続けた
7.降伏を口実にして相手を騙して勝利した戦争の歴史が複数回存在する
8.朝鮮通信史の実態は善隣友好とはほど遠かった

―――――――――――――――――――――


以下はその詳細である。

―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――

1.新羅にて発生した相次ぐ親族殺しによる王権剥奪の事実

「日韓がタブーにする半島の歴史」(室谷克実)の114頁に当該記述あり

―――――――――――――――――――――

114頁
新羅の末期には、親族の王を殺して自ら即位する王が続出する。これについては、金富軾はこう「論曰」している。

彦昇(憲徳王)は哀荘王を弑して即位し、金明(閔哀王)は僖康王(悌隆)を弑して即位し、祐徴(神武王)は閔哀王を弑して即位した。今そうした事実をみな書いたことも春秋の志である。

―――――――――――――――――――――

・「韓国は日本人がつくった」(黄文雄)93~96頁にかけて「血で血を洗う李氏朝鮮の暗黒の歴史」として解説がある。

歴史は繰り返すというが、前大統領を訴追する現大統領の存在が相次いでいることは、その証左と言える。


2.独立国家としての時代が少なく、ほとんどの時代中国の属国であるばかりか、その格付けが最下位レベルだったこと

・「韓国は日本人がつくった」(黄文雄)28~36頁にかけて「中国の暦を使い続けた朝鮮歴代王朝」、「国号と王位までも中華帝国から下賜」、「世界から独立国家と認められていなかった朝鮮」、「下国の下国扱いだった朝鮮王朝」という見出しつきで解説がある。
―――――――――――――――――――――

http://dennoubunko.iobb.net/blogn-rekisi/blognplus/index.php?e=62#kyojyun

「下国の下国」扱いだった朝鮮王朝

 朝鮮は、「君子の国(邦)」や「礼儀の国」と称されるのを誇りにしているがそれは正しく属国としての誇りに外ならない。

 もともと「君子の国」や「礼儀の国」とは、宗主国である中国が、天朝冊封体制下の中で臣属した夷狄に対して下賜する褒辞であった。中国では、上国と下国、宗主と属国の礼を忠実に守る国に対して、忠実な属国である証としてこうした称号を与えるシキタリだった。つまり「礼儀の国」を現代語訳すれば、「韓国は中国の属国」であると言う宣誓なのだ。

 実際、洪翼漢の「尊周彙編」によれば、「列聖相承、世藩職を修め、事大一心」とある。要するに、中華の天子へ忠実に諸侯の礼を尽してきたと言う事だ。中華帝国からすれば、この「千年属国」の朝鮮こそが最も忠実な模範属国であった。執拗に抵抗し、一筋縄ではいかないベトナムに比べれば、正しく「礼儀の国」そのものだったろう。

 中華帝国の属国に於ける歴代の国王は、原則として天朝皇帝の臣下と見なされ、皇帝によって任命される。天朝の朝廷は、属国の王妃や太子の廃立に至るまで権限を振るう事が出来た。朝貢は中華帝国の礼部が管轄していた。

 属国であった朝鮮王国を実質的に指揮、監督していたのは、天朝の北洋大臣や直隷総督、或いは任命を受けた代理人である。つまり、国王とは形だけのものであり、決して主権国家の元首としての役割は果たしていなかったのだ。

 満州人(韃靼人・タルタル人)支配下の17世紀初期の朝鮮半島事情については、ヘンドリック・ハメル著「朝鮮幽囚記」に比較的詳しく記述されている。その内容は、ハメル一行の抑留記である。ハメル一行を乗せたオランダ東インド会社の帆船は1653年、バタヴィアから出帆した。そして台湾の台南から商品を積み、日本へ向かう途中、台風に遭い済州島に漂着してしまう。そのまま朝鮮政府に捕われ、1668年にオランダ商館に引き渡されるまで、半島の幽囚となったのである。

 救出後のハメルの報告によれば、朝鮮国王は絶対的権力を持っているが、後継者を決める際はタルタル人(満州人)の汗(王)の同意を得なければならない。また、タルタル人の勅使や兀良哈(韓満国境の少数民族:オランカイ)は、年に三回貢物を徴収に来る。朝鮮高官はタルタル人に怯え、ワイロを送って口止め料を支払う。

 朝鮮国王は、満州人の使節が来ると、自ら高官を従えて迎恩門まで歓迎に赴き敬意を表し、宴会を催し、芸を披露して接待しなければならなかった。太子は慕華門で勅使に酌の礼をするのが最大の役目だった。

 勿論これは、現在行われている様な、国賓を出迎える為空港に儀杖隊を整列させるといった儀礼とは全く異なる性質のものだった。

 併し、これだけ天朝に尽した朝鮮だが、逆に朝鮮の使節が北京詣でをする際は、朝臣が出迎えの儀礼を受けるどころか、諸侯の礼さえ受けられない粗末な待遇だった。宿泊先も迎賓館などではなく、百官と同じ粗末な宿である。

 そもそも、中国の属邦の中でも朝鮮の地位は最も低く、下国の中の下国であった。天朝の朝賀の席では、千官が赤色の礼服を着ていたのに対し、朝鮮の使節だけは黒色の丸首の衣である。

 また、琉球の使節は駕籠に乗って宮廷に入るのに対し、朝鮮の使節は駕籠に乗る事を禁じられていたと、尹?の「渓陰漫筆」に書かれている。李朝時代の臣民は琉球以下の扱いを受けていたと歎いている。

 何れにしても、朝鮮人は統一新羅の時代から自ら事大主義である事を決め、属国に甘んじていく道を選んでいたのだ。そして朝鮮は「礼記」にある「天子七廟、諸侯五廟」の規定を守り、天神(天帝)を祈る事を避けて五廟だけを祀って来たのである。

 古礼に従って天神を祀る事が再開されたのは、実に統一新羅時代から1000年余も後の事である。日清戦争後の下関条約により、朝鮮が開放され独立を果たした1896年、国王の高宗が大韓帝国の帝位に就いてからの事だった。


 これこそ、朝鮮が中国の「礼儀の国」の軛(くびき)から開放された証であり、韓国が「千年属国」から開放され主権国家となった象徴であろう。

―――――――――――――――――――――

3.近親婚の存在

・支配層については、「日韓がタブーにする半島の歴史」(室谷克実)の89頁に当該記述あり

―――――――――――――――――――――
89頁
十代王の妃は十一代王の妹であり、十一代王の妃は十代王の娘だ。そして十一代王の娘だ。そして十一代王の母は、十三代の味鄙王の異母姉(妹)であり、十三代王の妃は十一代王の娘
中略
新羅の王族とは近親婚集団であり、近親婚集団であることを根拠にして、排他的身分階層としての「王族」(王家ではない)を構成していたのだ。

93頁
(ハングル語訳について)各王とも「初年の条」がないのだ。つまり「近親婚の連続」を示す記述部分がスッポリ落とされていいるのだ。

―――――――――――――――――――――

・被支配層については、文献調査中(ネット情報では、韓国人のDNA欠損に関した情報が存在)


4.宗主国に献女外交を続けた

・「韓国は日本人がつくった」(黄文雄)39~46頁にかけて「慰安婦は宗主国への献上品だった」、「一○○○年にわたる売春立国としての悲哀」として解説がある。
―――――――――――――――――――――

http://dennoubunko.iobb.net/blogn-rekisi/blognplus/index.php?e=62#kyojyun

「慰安婦」は宗主国への献上品だった

 属国の朝鮮が宗主国の中華帝国へ捧げる主要貢納物には、牛馬や金銀の他に、宦官、そして「慰安婦」である貢女も含まれていた。

 韓国は1980年代以降、日本に対して頻りに「従軍慰安婦」問題を追及し、中学生にも「慰安婦」教育を強要しているが、もともと「慰安婦」は、有史以前から続く韓民族独自の文化であったのだ。

 朝鮮半島は、かってアジア最大の貢女の産地と見なされていた。しかも、最近まで韓国は管理売春国家として有名であった。「妓生」などは今でも存在する。それなのに、今更「慰安婦」の悲劇を語ると言うのは、反日、克日の有力なプロパガンダの材料となるからだろう。

 韓国人は「日帝」が大量の朝鮮女性を「従軍慰安婦」として強制連行したと非難するが、そもそも、その事実を示す客観的な証拠など存在していない。だが、仮に若しその様な事があったとしても、朝鮮が唐の時代から屡々北方民族に強制連行された悲しい歴史からすれば、取るに足りない出来事の筈である。「男女受授親しからず」の儒教倫理を受容する前の朝鮮半島では、性についてそれほど厳しい規制は無かった。儒教受容後でも、妓生は別世界として扱われていた。

 「魏書」の「東夷伝高句麗条」と「周書」の「異域伝高句麗条」には、高句麗時代の風俗は荒淫で恥も無い、高句麗人の女遊びの相手は一人とは限らず、乱交風俗であると書いてある。

 統一新羅の時代から李氏朝鮮に至るまで、例年、宗主国の「元」「明」「清」へと貢女を進貢して来たとの記録もある。婚姻の習慣から言えば、古代朝鮮は「売春婚の国」である。中華帝国を始めとする北方諸王朝への「貢女」の献上は、古代から既に有名だったのだ。

 特に元の時代、モンゴル人の百数十年に亘る長期支配下では、貢女、女(むすめ)の供出の催促が厳しかった。朝鮮女性に於ける早婚の習俗は、この様なモンゴル人支配の下で生まれたものだとも分析されている。この「貢女」の歴史は、中国の歴史書だけではなく、「韓国通史」などの韓国人学者による「通史」にも散見できる。

 元時代、モンゴル人統監下での貢女献上は、高麗朝の貴族社会にとっては苦痛なほどであった。なにしろ、「処女」を献上しなければならないのだ。これが慣例となってしまった朝鮮では、元が抱える南宋の降人部隊「蛮子軍」に女を献上した事から、明や清へと朝鮮の貢女献上の悲喜劇が続いた。その記録は、「高麗史」「稼亭集」や墓誌に多く残っている。

 明や清の時代も元時代にならい、献上される侍女や貢女は美女で処女である事を原則としていた。また、その身分は朝鮮国王の妹や王女、或いは王室や大臣の娘が好ましいとされていた。

 美女で処女である侍女を供出する場合は、両班の娘、またはその妾が望ましく、それ以外の地位の者を「貢女」として選んではならなかった。もしも、この点での不正が発覚し、宗主国である清が知った場合は、責任官吏が逮捕され厳しく罪に問われる事もあった。

 貢女に娼妓を当てがい誤魔化そうとする気配のある者は、座首(監督官)や色吏(女色統括官)らの関係者によって厳しくチェックされた。そして、実際に不正を働いた役人は厳罰に処せられたのである。

清初の「貢女」関係研究については、李光涛著の「多爾袞徴女朝鮮史事」に詳しい。
 
 一方、現在、韓国が騒いでいる日本の「従軍慰安婦」問題に関して、日本政府が関与したと思われるものは一件も無い。日本にとっては、言い掛かりも甚だしい、と言うものだ。逆に韓国では戦後も国家管理売春が横行していただけでなく、朝鮮史における「慰安婦」の輸出や売却の史料も存在しているのである。

 では、ここで少し史料にもある史実を挙げてみよう。高麗が元に服属した後の元宗15(1274)年3月、元は朝鮮へ南宋の軍人(蛮子軍)を派遣した際、高麗の婦女140名の供出を要求した。これに対し、高麗政府は「結婚都監」を設け、市井の独身女性、逆賊の妻、僧人の女をかき集めて数を満たしたのだった。

 集められた女達は、「貢女」や「官妓」として強制連行され、1人絹12匹の化粧代で元のモンゴル人部隊へ売られて行った。結果としては、元の要求に仕方なく応じたと言うよりも、高麗政府はこれ幸いに人身売買で化粧代を稼いだ形となった。

 その翌年の忠烈王元年、元は高麗へ南宋の降人部隊「蛮子軍」1400人を派遣し、駐屯させた。高麗政府は、軍人達を慰める為再び「寡婦処女推考別監」を設け、各地へ役人を派遣し推考選別したのだった。

 しかし、中華帝国の朝廷が、朝鮮人の「貢女」選考について少しでも不信を抱けば、すぐに朝廷から勅使が派遣された。勅使は、当然の如く朝鮮の王宮へ乗り込み、時には勅使が直接選考する事さえ有ったと言う。

 「明実録」(永楽7年2月)に記録されている例では、明の永楽帝時代に内使の黄儼が勅使として朝鮮に派遣され、直接美女を選んだとされている。この事に恐れ戦(おのの)いた朝鮮政府は、慌てて全国で婚嫁を禁止し、13~25歳までの処女200~300人を各地から数回に亘って集めた。そして、集めた女達を更に王宮内の景福宮にて選別し、最終的に美しい女を5名選び出したと言う。

1000年に亘る「売春立国」としての悲哀

 人類史と共に生まれた「巫妓(巫娼)」については、朝鮮史には特に明記されておらず、妓生制度の起源についても正史では明らかになっていない。一説では、三国時代の朝鮮で活躍した新羅の真興王が創設した、源花(onfa)制度が妓生制度の前身で在ったと言われている。
 野史に於いて、名妓として名を残しているのは「天官」一人のみである。しかし、李朝時代には妓生を描いた「春香伝」や「黄真伊」などの文学作品が生まれ、神格化された妓生の詩人も多くいた事はよく知られている。

 李朝時代、毎年、宗主国に貢女や宦官を献上していたのは史実である。西洋の伝道師ダレが書いた「朝鮮事情」には、李朝は毎年、宮廷慰安婦として「美女3000人」を供出していたと書いてある。とは言え、3000人とは余りにも多過ぎると私は思う。

 最近では、朝鮮史の専門家までが、朝鮮の「妓生」はただの「踊り子」や「楽師」、またはせいぜい日本の「芸者」の様なものであり「娼妓」や「売春婦」ではない等と言っている。併し、史実を幾ら美化しようとしても「嘘」は「嘘」だ。これは明らかな「歴史捏造」である。

 それは、中国の娼妓史と江戸時代の遊郭の歴史を比べてみれば一目瞭然だろう。朝鮮は両班を中心とする階級社会である。階級制度が定着している社会では、「妓生」制度も貴族文化に止まっている。その意味では、隋唐時代の「妓生」制度も同様だ。

 ところが、江戸時代の吉原を代表とする遊郭制度は、大衆文化を背景としている。中国や朝鮮のモノとは、全く性質の異なるモノなのである。妓生をただの「芸者」と主張する学者は、無知と言うよりも「嘘吐き」だ。

 妓生は世襲制であった。そして、妓生の全盛期は高麗朝末期から李朝初期だと言われている。朝鮮の妓生は、一牌、二牌、三牌の階級に分けられ、一牌の妓生は「薬房妓生」「針房妓生」「教坊妓生」「玉堂妓生」という、宮女に近い官位を与えられていた。今の言い方をすれば、金日成や金正日の「喜び組」に相当し、かなり地位の高い扱いを受けていた。

 併し地方の妓生は、専ら官吏の接待に当てられ殆んど性の奴隷の様であった。

 「二牌」は「一牌」に成り切れなかった落ち零れの集まり、「三牌」は通称「私窩子」つまり私娼として扱われた。殊に「三牌」の集落は売春宿になっており、道楽好きな両班の連中が暇に任せて通った場所である。

 1970年代、「日本の進歩的文化人」が半島の統一勢力と組んで、朴大統領の「国家管理売春」「観光(売春)立国」を徹底的に追求した事がある。その後、日本男性の妓生観光が非難され、続いて「従軍慰安婦」の非難キャンペーンが繰り広げられた。

 韓国は、1000年以上に亘って宗主国への貢女と宦官の献上という哀史を抱えている。妓生の悲史も、過去の軍妓、辺妓、駐留軍慰安専用の「ウォーカーヒル」つまり「米軍将兵慰安総合遊興村」などから、現在の「頽廃理髪店」に至るまで、脈々と続いて来たのだ。それはつい最近までの歴史であり、韓国は「売春立国」という自慢出来ない歴史を持っている訳だ。

 若し韓国が歴史から真の反省や教訓を得ようとするなら、先ず自らの1000年以上も続いた売春史や妓生史を国史として学ぶのが本筋だろう。併し、実際は日本に対して、「過去の一時期」に有ったか如何か分からない「従軍慰安婦」についての記述を中学の歴史教科書に入れるように強要するばかりである。韓国の子弟に自国の慰安婦史を教えると言うのなら分かるが、これでは余りにも本末転倒であり、日本にとっては大きなお世話だろう。

―――――――――――――――――――――

・「日韓がタブーにする半島の歴史」(室谷克実)95~103頁に当該記述あり


5.新羅の基礎は倭種が造った

・「日韓がタブーにする半島の歴史」(室谷克実)23~28頁に当該記述あり
・「日中韓2000年の真実」(拳骨拓史)27~28頁に「韓国を建国した日本人」として解説あり


6.朝鮮は日本の犬であり、日本に朝貢外交を続けた

・「日中韓2000年の真実」(拳骨拓史)71~76頁に当該事実あり


7.降伏を口実にして相手を騙して勝利した戦争の歴史が複数回存在する

・「日韓がタブーにする半島の歴史」(室谷克実)125~128頁に当該記述あり


北朝鮮が核兵器に係わるアメリカとの外交上の約束を守らないこと、韓国政府が日韓基本条約の存在を無視して、解決済み事案について新手の要求を日本に繰り出す行為と似ていると言える。


8.朝鮮通信史の実態は善隣友好とはほど遠かった

・「日中韓2000年の真実」(拳骨拓史)76~83頁に当該事実あり

―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――


これは、私の憶測となるが、
ハングル文字の発明は15世紀前後だそうだが、ひょっとすると、ハングル文字の発明に係わった支配層は、国民に知られたくない歴史があることを認識し、過去の忌まわしい史実が漢文で書かれているため、ハングル文字を国民に普及することで歴史を隠蔽する動機があったのかもしれないと思っている。

ただ、ハングル文字の普及に日本が係わっていることは歴史の皮肉としか言いようがない。


【正論】拓殖大学客員教授・藤岡信勝 日本がハングルを学校で教えた 2010.8.18
http://shinjihi.tumblr.com/post/45330060102/2010-8-18#

そして今、国家ぐるみで歴史捏造を正当化し、我が国の足手まといとなるような行為を続け、大統領自らタカリ目的で歴史カードを何度もちらつかせるのであるから、遠慮はしない。

今回は、韓国民に対し、韓国政府が戦後隠蔽し続けようとした朝鮮半島の不幸な歴史の中で特に重大なものを韓国民に知らしめるべきであると考え、その目的で原稿を作成した。

日本人各層が、韓国民に対し、事ある毎に、これらのことを知らしめることが必要との判断である。

それゆえ、文献の所在を具体的に明示したのである。
最終的には、ハングル文字化し、周知拡散活動する必要があるだろう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 40

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

coffee
2013年05月05日 16:18
朝鮮の歴史は、支那の属国と貢女と売春と非文明の歴史。
coffee
2013年05月05日 16:18
朝鮮の歴史は、支那の属国と貢女と非文明、非科学の歴史。
Shirasu J
2013年05月05日 19:34
どんどん拡散したいところです。

この記事へのトラックバック