今日は憲法記念日 自民党の憲法改正案を読もう

自民党 憲法改正草案

全文
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

Q&A
http://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf


http://www.jimin.jp/activity/colum/116667.html

諸外国の戦後の憲法改正

世界の国々は、時代の要請に即した形で憲法を改正し、新たな課題に対応しています。主要国を見ても、戦後の改正回数は、アメリカが6回、フランスが27回、第2次世界大戦で同じく敗戦したイタリアは15回、ドイツに至っては58回も憲法改正を行っています。しかし、日本は戦後一度として改正していません。


百地章先生

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130411/plc13041103050003-n1.htm

【正論】
日本大学教授・百地章 憲法を主権者の手に取り戻そう
2013.4.11 03:05 [憲法・法律]

 憲法改正国民投票法(憲法改正手続法)が制定されたのは、平成19年5月、第1次安倍晋三内閣当時のことであった。そして、奇(く)しくも今また、第2次安倍内閣の下で憲法改正のための最大のチャンスが訪れようとしている。

 ≪主権回復で機運盛り上がる≫

 憲法改正の焦点は、第96条である。同条では、憲法を改正するためには、国会が各議院の「総議員の3分の2以上」の賛成で発議し、国民投票で過半数の賛成を得なければならないとされている。この国会の発議を「総議員の過半数」に下げようというのが、96条改正論である。

 この改正手続きが諸外国と比較していかに厳しいかは、先日、本欄で西修駒沢大学名誉教授が指摘された通りである。それによれば、発議のために議会の「総議員の3分の2以上」の賛成まで要求している先進国はなく、「世界一の難関」となっているという。しかも、わが憲法は国民投票まで要求している。

 なぜ、このように厳格な規定となったのか。西教授によれば、連合国軍総司令部(GHQ)が日本国民を信用していなかったからだという。つまり、日本人自身の手で容易に憲法を改正させないようにするためであった。そして、彼らの目論見(もくろみ)通り、わが国は制定以来67年間、一度も憲法を改正することはできなかった。

 その間、改憲の機運が最も盛り上がったのは、昭和27年、サンフランシスコ講和条約の発効によってわが国が主権を回復したときである。自由党や改進党をはじめとする各政党、それに民間からも次々と憲法改正案が発表され、占領体制からようやく脱することができた国民の多くが、「自主憲法の制定」つまり憲法改正を求めた。特に、憲法9条の改正を求める声は圧倒的に多かった。

 この盛り上がりにもかかわらず、昭和30年2月の衆議院選挙で改憲派が297議席を確保したものの、3分の2には15議席足らず、翌31年7月の参議院選挙でも改正反対派が3分の1を4議席超えたことから、憲法改正の夢は完全に潰(つい)えてしまった。そのため、昭和30年11月、自主憲法制定を掲げる戦後最大規模の政党、自由民主党が結成されたときには、実は時すでに遅しであった。

 ≪改正阻止条項と化した96条≫

 そして、これ以降、改憲の前には、常に社会党を中心とする反対勢力の「3分の1の壁」が立ちはだかってきた。つまり、改憲発議規定そのものが、GHQの思惑通り、改憲阻止条項としての役割を果たしてきたことになる。

 憲法改正国民投票法の成立をもって、当時、筆者は本欄において「改憲モラトリアム(猶予期間)の終焉(しゅうえん)」という言葉をつかった。これまでは、いくら活発な改憲論議がなされたとしても、国民投票法が存在しなかったため、現実に国会が憲法改正を発議し、国民投票に掛けられる可能性はゼロであった。そのため、国民はこの憲法をいかにすべきか、別に真剣に考えなくても、それで済んだわけである。まさに「改憲モラトリアム」である。

 だが、国民投票法の制定によって国民は国会が憲法改正の発議を行えば、それに対し、主権者として「イエス」か「ノー」か責任を持って回答する義務が生じた。

 そして、7月の次期参議院選挙後の議席状況次第では、国会の3分の1の壁を突破し、現実に国会によって憲法改正条項の改正が発議される可能性が出てきた。まさに改憲モラトリアムから完全に脱却する、絶好の機会が訪れつつあるわけである。今こそ憲法を、国会から主権者国民自身の手に取り戻すときではなかろうか。

 ≪問われる国民の覚悟と決意≫

 とはいえ、もちろん、憲法改正条件の緩和を手放しで歓迎するわけにはいかないだろう。なぜなら、改正手続きの緩和は、当然のことながら、われわれの期待する今後の改正、例えば、緊急事態対処規定の導入や、わが国の独立と平和を守るための軍隊保持のための改正だけでなく、いわゆる「改悪」のためにも平等に機会を提供するからである。

 場合によっては、皇室の存在を脅かしかねない首相公選制の採用のためにも、あるいは、皇室に批判的な政党にとっても改正条件の緩和は好都合なものとなろう。

 しかしながら、もし今回の好機を逃すと、二度と改憲の機会は巡ってこないのではないか。過去を振り返ると、そのような悲観的な思いに駆られる。そしてもしそうなれば、今後いくら理想を叫んでも、これまでの67年間と同様に、結局は条文の一字一句の修正も叶(かな)わないまま、占領憲法体制が続き、その下でわが国はもがき続けるしかあるまい。

 となれば、このまま国の衰弱に手を拱(こまね)いているのか、それとも多少の緊張ははらみつつも、主権の行使である憲法改正権を国会から決定権者である国民の手に取り戻し、国民自身の手で国の形を作り上げていくのか、いずれかを選択するしかあるまい。まさに国民の覚悟と決意が問われている。(ももち あきら)

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