日本国憲法の成立過程を知れば知るほど、日本国憲法の正当性を問題にせざるを得ないのではないか?

私は、大学の教養課程にて日本国憲法を受講した。

教官は左翼系教官だったらしく、平和憲法を賛美する宗教家のごとく、特に戦争放棄の部分を中心に念入りな解説がなされた。

当時、日本国憲法は教養課程最大のマンモス講義であった。
教官の講義態度は、妙に得意げに、そして時に笑みを浮かべたものであった。今になって思えば、数百人規模の学生を前に、多くの学生に憲法に関する嘘、捏造を吹き込める優越感に満足していたのかもしれない。

この教官は、GHQの関与、憲法の不備、改正手続きについては一言も語らなかった。もちろん、GHQの圧力に憤慨した白洲次郎の存在などは一言も語らなかった。副読本として、平和憲法支持派の学者が執筆した岩波新書が3冊指定され、私はそのうちの一冊を学生生協にて購入した。この副読本にも憲法の不備や問題点についての記述はなかった。
岩波書店の当時の関係者は、内容が稚拙な割に売れすぎて笑いが止まらなかったに違いない。

その後、社会人となり、再び日本国憲法の改正の必要性について、維新政党新風、たちあがれ日本、自民党の改正案について知る機会があったが、大学教養課程の教官が講義で触れなかったことばかりであった。
この大学教官は、学生に日本国憲法の不備の真実を知らせようとしなかったこと、私にとって、この大学の教官も岩波新書の著者も憲法学者どころかプロパガンダ学者に過ぎないことを漸く理解した。

私は、大学の教養課程の本および副読本のほとんどすべてを運良く古本屋に売ってしまったので署名も著者名も覚えていない。今となってはこのようなプロパガンダ学者に洗脳されずに済んでよかったと思っている。

さて、本題に入ろう。

雑誌「一個人」2012年6月号の保存版「日本国憲法入門」などを読んでみるとたくさんの発見がある。

大学時代に学んだことより、はるかに有益な情報が含まれている。

http://www.ikkojin.net/magazine/monthly/

また、一通り読んでみて、大半のマスコミがGHQ憲法制定過程について意図的に不報道とすることにより、憲法改正論議を活発化させないようにしていることに改めて気がついた。

以下、この雑誌の解説とインターネットで今回知り得た情報に基づき、日本国憲法の成立過程に焦点を絞り、注目すべき事項を箇条書きで述べさせていただく。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1.GHQ日本国憲法は、大日本帝国憲法改正の位置づけだった

20頁~25頁

国立公文書館に保存されている、公布の前文に昭和天皇、吉田茂、幣原喜重郎の署名がある。幣原喜重郎は国務大臣男爵
で署名している。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211989827

国務大臣男爵で署名しているのは、大日本帝国憲法に基づく憲法改正であるためだそうだ。


2.GHQ日本国憲法の骨格はマッカーサー指示による「押しつけ憲法」だった

26頁~33頁

―――――――――――――――――――――――――――
・幣原首相・マッカーサー会談 1945年10月11日
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/01/033shoshi.html

1945(昭和20)年10月11日、新任挨拶のために総司令部を訪れた幣原首相とマッカーサーの会談記録及び会談の中でマッカーサーが表明した意見。この意見は、いわゆる「五大改革指令」として知られている。マッカーサーは、日本側が自主的に憲法改正を進めることを待つという基本的な考えのもとに、「憲法の自由主義化」を示唆し、日本の社会組織の改革を求めた。幣原首相は、続く13日の臨時閣議で、政府として憲法調査を実施することとし、松本烝治国務大臣を委員長とする憲法問題調査委員会の発足が決定した。この結果、憲法改正作業は、近衛を中心とする内大臣府と政府の機関である憲法問題調査委員会の両者で進められることになった。

―――――――――――――――――――――――――――

28頁
「ホイットニー民政局長の写真に補足して、「改正原稿を渡す際、ホイットニーはマッカーサーが外部の圧力から天皇を守ってきたことなどを吉田茂や松本烝治らに説明した。」との説明がある。

なお、昨今のマスコミのほとんどが、GHQ憲法がマッカーサー指令による憲法改正指示があったことをまったく報道しないことは特筆すべき事象と考える。戦後生まれの日本人を情報操作する意図的なものではないかと私は思うのだ。


3.毎日新聞の裏切り?スクープによりマッカーサーがGHQ側で憲法改正骨格作成を決意?

24頁

1946年2月1日、こともあろうに毎日新聞が、憲法改正・調査会の試案を勝手にスクープし、日本側の努力を無にした。

・GHQに提出した「憲法改正要綱」

―――――――――――――――――――――――――――
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/074shoshi.html

1946(昭和21)年2月8日、松本は「憲法改正私案」を要綱化した「憲法改正要綱」を説明資料とともにGHQに提出した。「憲法中陸海軍ニ関スル規定ノ変更ニ付テ」と題する文書は、軍隊に対するGHQの厳しい態度を予想して、説明資料とは別に作成したものである。

この要綱は、正式な政府案として閣議で了承されたものではなかった。日本政府は、GHQの内部で憲法草案作成の作業が進行していることを全く知らなかったため、この案に対するGHQの意見を聞いた後に、正式な憲法草案を作成することを予定していた。

―――――――――――――――――――――――――――

・松本試案
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E8%A9%A6%E6%A1%88

・松本烝治
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E7%83%9D%E6%B2%BB

この記事は、毎日新聞が社会的に信用されなくなるきっかけになったのではないだろうか。
また、毎日への情報提供者は、民間の「憲法研究会」関係者かこの関係者に近い者と思われる。毎日の報道行為、情報提供行為は売国行為と言っていいだろう。


4.帝国議会で当時の共産党は頑強に憲法改正に反対した(意外)

31頁
―――――――――――――――――――――――――――
帝国議会での最大の特色は、共産党が最初から最後まで絶対反対を貫いたことである。政府案が提出されたとき、時期尚早であるとして撤回を求め、また衆議院での採決には6人全員が反対投票をした。第九条の戦争放棄については「一個の空文に過ぎず、我が国の自衛権を抛棄して民族の独立を危うくするので、わが党は反対しなければならない」と明言している。(8月24日、衆議院本会議)

―――――――――――――――――――――――――――
当時の共産党だけが反対したのであるから、憲法にふさわしくない憲法に違いないと誰もが思うだろう。
しかしながら、現在の日本共産党のHPには、護憲の立場でのメッセージとなっている。実に不思議な政党だ。

http://www.jcp.or.jp/kenpou/


5.憲法九条の解釈論議

(1)芦田均の修正により自衛目的の戦争を可能とする解釈が導かれた

33頁

芦田均はリベラルだったようだが、憲法改正に関しては、いい仕事をしたようだ。

・芦田均「芦田均日記」(1945年~1946年の憲法改正関連部分)
http://www.ndl.go.jp/constitution/library/06/002_41bunshoko.html


(2)文民条項は極東委員会が要求

33頁


(3)改正後の解釈論議

78頁
―――――――――――――――――――――――――――
最初の「戦力」論議は、朝鮮戦争が勃発した1950年に始まった。このとき、在日米駐留軍の多くが半島に送り込まれたため、日本国内の治安維持に不安を抱いたマッカーサー司令官は、日本政府に7万5000人の警察予備隊の創設と海上保安庁に8000人の増員を命じた。
すると当然、この人的大増員は「戦力」ではないのか、という疑問が出てくる。

―――――――――――――――――――――――――――


6.日本国憲法前文の特徴

53頁

敗戦時に受諾した「ポツダム宣言」、国連憲章、ユネスコ憲章とよく似た書きぶりとのこと。

戦後の国際紛争の真実からはほど遠い、崇高な理想を日本国民に強いる内容となっていると判断できる。

かつて、ある国際会議にて北朝鮮政府職員の演説を聞いたことがあったが、内容的には、それと変わりがないと思う。
一方で、日本国憲法がワイマール憲法丸写しという指摘がある。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe804.html


7.幣原喜重郎は自画自賛な割に拙筆?でGHQからみて手頃な相手だった?

マッカーサーは近衛文麿と幣原喜重郎に憲法改正を示唆した。近衛文麿に対しては、GHQは不支持を表明(1945年11月3日)

幣原喜重郎の毛筆署名であるが、幣原外交や平和憲法を自画自賛し、また幣原内閣の記念撮影写真(29頁)での幣原喜重郎の誇らしげな表情から判断するに、すり切れたみすぼらしい字での署名である。(31頁)
歴史に残る公文書なのであるから、もっとマシな署名ができなかったのかと思うと同時に、幣原喜重郎は、戦前の外相時代の実績もあり、GHQにとってコントロールしやすい人物だったのであろう。


8.日本国憲法改正の目的は日本を「半国家」とすることだった?(驚愕)

産経記事に「日本を当時の米国がこの憲法で求めたのは明らかに日本から防衛や軍事という主権の一部を奪い、半国家のままにおくことだった。」との記述がある。

・日本国憲法起草の特異性
http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/?blog_id=3044997


9.GHQ民政局に憲法の専門家はいなかった。(驚愕)

GHQ民政局に憲法の専門家がいないため、その専門性のなさを看破されないために、交渉の場で恫喝的手法を使ったとの見方ができる。
民政局のスタッフが、その後、憲法改正されていないことを知り、驚いたとのエピソードを知り、GHQ民政局関係者の無邪気さと無責任さに改めて失望する次第である。

―――――――――――――――――――――――――――

http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog141.html

憲法学を専攻した者はいなかった■

一時しのぎの仮設憲法を急造する、という戦略のため、スタ
ッフもおざなりなものだった。民政局の25人の中には誰一人として一国の憲法を起草するという大任に当たれるような識見を備えた人物はいなかった。弁護士出身のホイットニー准将のほかに4人の弁護士が加わっていたが、そのなかに憲法学を専攻した者はいなかった。[3,p31]

自分の経歴からいって、果たしてこのような任に堪え得るのか、不安に思いました。(オズボーン・ハウゲ陸軍中佐)
私は、このようなことは不幸なことだと思いました。なぜなら、外国人によって起草された憲法は、正統性を持ち得ないと思っていたからです。(ミルトン・エスマン陸軍中尉)[4,p153]
手元に文献もなかったので、日本語に堪能なベアテ・シロタ
嬢が都内を駆け巡って、図書館から資料をかき集めてきた。シロタ嬢は時にわずか22歳、家族制度や女性の権利などについての条項を担当した。[4,156]

素人集団が一週間で憲法をでっちあげようとすれば、とんで
もない誤りも少なくなかった。たとえば、貴族制度廃止で貴族院はなくなるので一院制にする、という原案に対しては、後に日本側から、二院制は議会多数派の独走に対するチェック・アンド・バランスとして必要だという基本知識を講義される始末であった。

また民生局にはニューディーラー(アメリカの左翼)が多く、「土地および一切の天然資源の所有権は国家に帰属し」などという条項があって、日本側を社会主義憲法かと驚かせたこともあった。この条項も日本側の反対で、削除された。

[3]の著者、西修・駒沢大学教授は、昭和59年から60年
にかけて、当時民生局で憲法起草にあたった何人かにインタビューを行った。彼らの大半は、自分たちが短時間で十分な資料もないまま作り上げた日本国憲法が、その後一度も改正されていないのを聞いて、驚いたという。

―――――――――――――――――――――――――――


10.GHQに憲法改正案はリベラル集団?のアイデアの寄せ集めに過ぎない

憲法改正のアイデアを提供した日本人民間人が多数いた
女性の人権は滞在経験がある22歳の米国人女性が担当

・憲法研究会

―――――――――――――――――――――――――――
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A

元東京大学教授であった社会統計学者・高野岩三郎が、敗戦直後の1945年10月29日、日本文化人連盟の設立準備会の際、戦前から左派の立場で憲法史研究を続けていた鈴木安蔵(京都学連事件で検挙・憲法学者)に提起し[1]、さらに馬場恒吾(ジャーナリスト)・杉森孝次郎(早稲田大学教授)・森戸辰男(元東京帝国大学助教授)・岩淵辰雄(評論家で貴族院議員)・室伏高信(評論家)らが主なメンバーとして参加し発足した。1945年12月26日に「憲法草案要綱」を発表し、これにGHQが注目していわゆる「GHQ憲法草案」が作成されたため、GHQ案を原型とする現行の日本国憲法の内容に間接的に多くの影響を及ぼしたと小西豊治は主張している(内容・影響の詳細については当該項目を参照)。

―――――――――――――――――――――――――――

・NHKスペシャル 日本国憲法誕生 2007年4月29日放送
http://demokurashi.news.coocan.jp/07kenpou.htm
この番組は例外的に力作?

・仮設憲法、急造成功
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog141.html


11.GHQ民政局には、共産主義に共鳴する間抜けな?理想主義者が多数いた

これらの情報から、GHQ民政局には、共産主義に共鳴する間抜けな?理想主義者が多数いたことがわかる。

28~29頁
―――――――――――――――――――――――――――
「最初に日本ではなじみのない「前文」がつけられており、理想的なことがごちゃごちゃ並べられている。第1条には「天皇はシンボル」と定められている。第8条には戦争放棄の規定があり、もう少しあとには土地と天然資源は国有であると記載されている。」
―――――――――――――――――――――――――――

・土地および一切の天然資源の所有権は国家に帰属する条項

―――――――――――――――――――――――――――
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog141.html

また民生局にはニューディーラー(アメリカの左翼)が多く、 「土地および一切の天然資源の所有権は国家に帰属し」などという条項があって、日本側を社会主義憲法かと驚かせたこともあった。この条項も日本側の反対で、削除された。

―――――――――――――――――――――――――――

・GHQのニューディーラーの戦後処理計画の秘密

http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe806.html

また、Wikipediaには、「民政局は、意図的に労働組合を成長させたり、本国では達成できなかった社会主義的な統制経済を試みたり、日本でニュー・ディール政策の実験を行った」との記述がある。

―――――――――――――――――――――――――――
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%94%BF%E5%B1%80

局長はダグラス・マッカーサー司令官の分身と呼ばれたコートニー・ホイットニー准将。その部下に局長代理のチャールズ・ケーディス大佐(1948年に次長に昇格)、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策に参画したニュー・ディーラーをはじめ、IPR(太平洋問題調査会)系の日本研究家ビッソン、ミネソタ大学のクィグリー教授、ノースウェスタン大学のコールグローブ教授ら、日本研究の専門家が多数所属していた。

日本占領の目的である軍閥・財閥の解体、軍国主義集団の解散、軍国主義思想の破壊を遂行し、日本の民主化政策の中心的役割を担った。また、意図的に労働組合を成長させたり、本国では達成できなかった社会主義的な統制経済を試みたり、日本でニュー・ディール政策の実験を行っていたが、インフレーションが激しく進行し、また絶大な権力の元に、ケーディス大佐らをはじめ汚職が蔓延した。日本社会党の片山哲、日本民主党の芦田均ら革新・進歩主義政党の政権を支え、保守の吉田茂らを嫌っていたが、片山・芦田両内閣はいずれも短命に終わった。

チャールズ・ウィロビー少将が率いる参謀第二部(G2)はGHQの中では保守派であり、G2・GSはしばしば対立した。

途中略

吉田内閣以降

GHQ内でも、保守派のG2の発言権が増してGSは隅に追いやられ、占領政策も保守的に転換。芦田内閣の瓦解に伴い、G2内部には東側の社会主義圏に対抗するため、日本を「反共の砦」にし、日本の再軍備まで検討させる動きも出た。ケーディスは占領政策の大転換を阻止するためホワイトハウスの翻意を促すべくアメリカに一時帰国するも、その困難さを悟り、日本に戻らずそのまま辞任した。この占領政策の転換に基づき、マッカーサーは「経済安定9原則」の実施を吉田に要求し、吉田はそれを受け入れた。

さらに、経済改革のためにアメリカからジョゼフ・ドッジが招かれる。ドッジらにより民政局の社会主義的な占領政策はきびしく非難され、ドッジ・ラインにより一定の自由競争が容認される。その結果、ニュー・ディーラーたちは事実上失脚。GSは急速に日本に対する影響力を失っていき、その後も影響力は回復しないまま終焉を迎える。

―――――――――――――――――――――――――――


12.GHQ憲法は押しつけで日本の現実に根ざした内容となっていないとする米紙報道

―――――――――――――――――――――――――――

http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog141.html

新草案が陸・海・空軍を全面的に廃止し、日本は今後その安全と生存を世界の平和愛好国の信義に依存すべしと宣言するにいたっては、余りに"ユートピア"的であって、むしろ現実的な日本人として草案を軽んずるに至らしめるであろう。(3月7日付け、ニュー・ヨーク・タイムス)

これは日本の憲法ではない-日本に対するアメリカの憲法である。・・・この憲法の重要事項に日本の現実から生まれた思想はひとつもない。(3月8日付け、クリスチャン・サイエンス・モニター)

―――――――――――――――――――――――――――


13.GHQとの憲法改正折衝に精魂をかたむけた法制官僚「佐藤達夫」の存在

憲法改正作業の裏方に、こういう凄腕官僚がいた事実は知っておくべきだ。

30頁(「30時間一睡もせず、改正作業に取り組んだ法制局第一部長、佐藤達夫」)

・佐藤達夫関係文書
http://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/satoutatsuo1.php

・佐藤達夫 (法制官僚)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E9%81%94%E5%A4%AB_(%E6%B3%95%E5%88%B6%E5%AE%98%E5%83%9A)


14.GHQ民政局との対応し、翻訳作業を担当し一部始終を知っている白洲二郎は憲法改正の必要性を後日力説していた

・昭和28年「文藝春秋」記事  『プリンシプルのない日本』メディア総合研究所より

―――――――――――――――――――――――――――
http://www.page.sannet.ne.jp/tsekine/syouzou.htm

憲法を改正するということ自体は私は賛成である。現在の新憲法は占領中米国側から「下しおかれた」もので、憲法なんてものは、国民のもり上った意志でつくるべき本質のものだと思う。占領もすんで独立を回復した今日、ほんとの国民の総意による新憲法が出来るのが当然ではないかと思う。.
 長く大事に持っているものは人に貰ったものよい自分自身の苦心の結晶に限る。今でも憲法は「どうせアメリカさんの貰いものだ」なんていう様な言葉をよく聞くが、聞くたびにほんとに我々がつくった我々の憲法がほしいものだと思う。
(昭和28年「文藝春秋」記事  『プリンシプルのない日本』メディア総合研究所より)

途中略

天皇の地位は、英文の草案では 「シンボル オブ ステーツ」になっていた。外務省の翻訳官が「シンボル」をどうするか白州に聞いた。「井上の英和辞典」を引いたらどうかと白州が言うので、翻訳官の小畑薫良がみると「象徴」とあったあった。日本国憲法第1条の「天皇は日本国の象徴であり…」という日本訳は、このようにして決まったという。
 日本国憲法は、国会を従来と同じく二院制にした以外は、ほぼGHQの草案通りになった。日本語訳は、専門の法律学者の手を経ることなく、白州次郎と外務省翻訳官らがGHQ内にカンヅメになってつくったものである。「従順ならざる唯一の日本人」と称された白州次郎も、憲法に関してはGHQの強硬姿勢に従わざるをえなかった。

―――――――――――――――――――――――――――


続いて、上記雑誌の寄稿記事の感想。

88頁~91頁の櫻井よしこの文章は、櫻井氏本来の切れ味の鋭さを感じさせる内容だ。
スパっと具体的切り口を示し、これでもかこれでもかと憲法改正しない場合の問題を列挙している。詳細は雑誌にてご確認いただきたい。

・「 日本の停滞を憲法改正で立て直せ 」
http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2012/04/05/

・「 専守防衛ではサイバー戦争に敗ける 」
http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2012/02/23/

これに対し、福島瑞穂社民党党首による憲法改正不要論が92~95頁で述べられているが、上記の項目の大部分についてまったくふれておらず、論点を巧妙にすり替えており、説明不十分である。
この党首の護憲論の妥当性を評価するのに際して、この政党が政権交代前後で推進しようとしてきた政策や過激派との関係、帰化情報等をあわせて記載すべきと思うが、「護憲派の主張の危うさ」を気づかせるために福島瑞穂をあえて選んでいるのであれば、それはそれで編集者は妥当な判断をしたと言える。

そして、
こうした歴史的経緯を知れば知るほど、憲法の不備どころか、こんな粗雑で国家を国家でなくするような憲法、言い換えると「憲法としての正当性を著しく欠く憲法」を日本に押しつけたアメリカ政府は日本人に謝罪すべきという認識を持つに至るのである。

これは、原始爆弾の投下や爆撃による民間人の無差別殺傷、東京裁判、GHQ指令による焚書行為と同様、アメリカが犯した国家的犯罪行為に等しい。

アメリカ政府はこのことを恥じるべきである。

そして、我々は、憲法改正の根拠として、
今日的視点での条文・条項の修正を指摘するほかに、
「GHQによる屈辱的な恫喝など、憲法成立過程において憲法としての正当性を疑問視せざるを得ない問題が当時多々あったこと」を追加すべきなのだ。

最後に、これは我々自身の義務となるが、「情けないーお花畑憲法学者」に代わり、日本国憲法がどういう性格のものでどういう不幸な生い立ちだったかを正しく子孫に伝える必要があると思う。


参考
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・国立国会図書館 日本国憲法の誕生
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/074shoshi.html

・憲法研究会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A

・憲法草案要綱
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%86%B2%E6%B3%95%E8%8D%89%E6%A1%88%E8%A6%81%E7%B6%B1

・民政局
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%94%BF%E5%B1%80

・仮設憲法、急造成功
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog141.html

・NHKスペシャル 日本国憲法誕生 2007年4月29日放送
http://demokurashi.news.coocan.jp/07kenpou.htm

・日本人に謝りたい
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe800.html

・歴史人物講座  偉人の肖像 白洲次郎
http://www.page.sannet.ne.jp/tsekine/syouzou.htm

・今や日本に憲法改正を望む米国 :古森 義久
http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/entry/2675342/

・日本国憲法起草の特異性
http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/?blog_id=3044997

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この記事へのコメント

coffee
2012年05月04日 22:48
国際法に違反して占領中に憲法を制定したのですから、完全に無効です。
一刻も早く大日本帝国憲法に戻さなければなりません。
Shirasu J
2012年05月05日 05:13
頑張りましょう。

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