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zoom RSS 「古事記」はなぜ重要なのか

<<   作成日時 : 2016/02/27 13:05   >>

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文字がなかった時代、すべては口述にて継承された。これは確かであろう。
記憶力が良い人が選ばれたのは、想像に難くない。
かくいう私は、数十年前のことで今も鮮明に覚えていることがある。記憶は、生涯維持可能なのだ。

忘れ去られないために、多くの神話が物語形式となり、唄であったりしても決して不思議ではない。

ところが、古事記を文字で書かれた歴史文書であるとして、その史料批判に明け暮れる学者が、戦後の歴史界で支配的だったそうである。

その実態は、以下のブログ記事にて、読める。

古代史歴史学者の研究姿勢に係わる問題点
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-38.html

文字がなかった時代、初めて文字を使用し、記述した苦労は並大抵のものではなかろう。

普通は
文字で表現可能だった部分
文字で表現不可能な部分
があると、認識する。

ところが、唯物史観的考えに染まった人たちは、実証的でないなどの理由で歴史書として扱おうとしないばかりか、古墳やその他の証拠みたいなものが存在するにも関わらず、ともすれば、実在する天皇の存在までもなかったことにする事態が続いている。

文字で書かれた部分だけを分析する、それは研究対象のほんの一部に過ぎない。
しかも、初めて文字化されたのであるから、文字以外の部分を研究をしようとしない、古代史の歴史学者たちの研究姿勢は学問的とは言えまい。

そこに、在野の研究者の研究余地が生まれる。

たとえば、竹田恒泰氏。氏は、竹田恒泰研究会を組織し、全国各地で古事記各章の講演活動を続けている。

竹田研究会 全国スケジュール
http://www.takedaken.org/schedule/

ああいう性格の人なので、皇室らしくないとか、カネ儲け主義だとか、奇想天外だとか、秋篠宮家支持派でないとか、いろいろ言われる。
しかし、彼は、立場上、秋篠宮家支持であると、言えるはずがないのである。

彼の古事記講演は、私が経験した中学・高校時代の国語、歴史の授業よりも、内容として、解説としてはるかに面白い。何より記憶に残る。古事記が文字化される前、何らかの形で伝承されたはずだが、記憶に残らない授業をした教師たちは、記憶に残らなかった点において、古事記の本質に到達していないのである。

彼の講演は、必ずしも学術的とは言えないものの、記憶に残る講演をし続けている点において、古事記の伝承に成功したとみなせる。
また、彼が語る古事記の世界は、彼がその末裔である関係で、それを聞く我々も同様に末裔という認識を共有化することに繋がる。

では、彼が、古事記講演を続ける意義は、どこにあるのか?

私は、民族のルーツを共有化、最終的には大和民族の団結の源となると考える。

敗戦後、WGIP(ワーギルトインフォメーションプログラム)による洗脳工作、日教組問題、南京虐殺問題、捏造慰安婦問題が日本に降りかかった。彼らが仕掛けたことがことごとく炸裂、歴史認識問題で、日本は追い詰められるところまで追い詰められた。

その原因は、どこにあるのか?

それは、我々自身のアイデンテイテイを見失っているところにある。
それゆえ、彼らの企みがことごとく成功するのである。
確かに、戦前は、戦前としてのアイデンテイテイはあったかもしれない。それは、欧米列強による植民地支配時代の富国強兵策的位置づけのものであろう。

こうして、時の流れを辿ると、我々のアイデンテイテイは、古事記の世界に辿り着くのである。

竹田恒泰は、はっきりとは言わないが、アイデンテイテイ共有化を呼びかける存在となりつつある。

もちろん、古事記の世界

それは、
文字で書かれた世界

文字では現せなかった世界
の二部作で構成される。

私は、歴史学者や国文学者が書いた本を読むだけで、いわゆる古事記世界、古代の宇宙観、世界観は把握できないと思う。
なぜなら、歴史学も国文学も文字をベースとする学問に過ぎないからだ。

それゆえ、文字で書かれていない古事記の世界を辿る必要が出てくる。

たとえば、古事記の最初の章は、宇宙観、世界観で始まっている。これの意味するところは何なのか?ということになる。

古事記 現代語訳 序章
http://nihonsinwa.com/page/163.html
http://www.ookuninushiden.com/newpage26.html

これらのサイトでは流れるような現代語訳で読める。実際は漢文で書かれている。
http://www.seisaku.bz/kojiki/kojiki_01.html

まず言えそうなことは、どういう話言葉だったのかということだ。話言葉として、どういう固有名詞、名詞、動詞、形容詞等が存在していたのか?それに対し、使える文字と認識した文字が何種類あって、それぞれにどう割り当てたのか?学問だというのであれば、そういう経過を観察、分析するだろう。

そういうアプローチは、日本書紀にて行われつつある。

詳細、「日本書紀の謎を解く 術作者は誰か」(森博達)をお読みいただきたい。

また、神話の部分は、文字化される前は、どういう表現形式で伝承されたのか、戯曲なのか、舞いなのか、唄なのか、口上なのか、という見方もできるだろう。

こちらは、「古事記の起源 新しい古代像をもとめて」(工藤隆)が参考となるだろう。

そういう背景を抜きに、漢文をいきなり書き下し分にして現代訳はこうなります、これが古事記に書かれていることです………………

皮肉を込めて書くとこうなる。

たとえば、本稿を読まれたあなたが、この世で初めて、後世の人のために、文字を使って文書を書いたとする。文字をどう使うか?文法的概念がない中でどう文法的に確立させ、どう書くか悩むはずだ。特に、文字で現せない部分をどう伝えるか?
そこに工夫の余地が生まれる。

別のたとえで説明しよう。
たとえば、本稿をお読みの、女性読者の方に、私がラブレターを書いたとしよう。「好きだ」と百回文字を書けばそれが、それが恋と言えるのか?、という問題である。恋に飢えた?女性ならそれでいいかもしれない。拙ブログを読みこなす女性なら、それを恋だと認めるはずはなく、「好きだ」という文字を百回習字したくらいにしか受け取らないはずであろう。

そう考えると、初めて文章化した歴史書の文章化された文字だけを研究する学者たちは、スタート時点から視野狭窄に陥っているという見方ができるかもしれない。(本居宣長は別)

私が思うに、古事記を編纂した人は

文字で書かれた世界

文字では現せなかった世界
の二部作を意識したと思うのだ。

最後に、最近読んだ本の中で、古事記の読み方について、参考となりそうな二冊を紹介し、本稿を終える。

―――――――――――――――――

古事記の起源 新しい古代像を求めて
工藤隆

はじめに


『古事記』は、現存するかぎりのもので言えば、無文字民族だった日本列島民族が文字で残した書紀物の中で、明確な執筆方針のもとに編纂された大部の著作の、おそらくは日本最初のものだった。その結果、無文字文化から文字文化へ移行するときに生じる問題や、自前の文字ではなく外国の文字(漢学)で、しかも外国語(中国語)文体を借りて記述しなければならなかったことによって生じる問題も抱え込んでいる。
また、文字で書かれた『古事記』はいわば海上に頭を出している氷山みたいなものであり、海上から見えない海中には、海上に出ている部分の何倍もの分量の無文字時代のことば表現のあり方が隠れているという問題もある。したがって、海上の部分だけの研究がどれほど精密になっても、それだけで海中の部分も含めた『古事記』の全体像は把握できない。そして、この海中の部分への接近は、二十世紀末までの研究ではほとんど不可能だったのである。
『古事記』は、無文字時代のさまざまな資料を取捨選択し、それらを多様に組み合わせて編纂されたのだが、今までは、そういった資料群の時代の深浅や地域的広がりを把握するための方法が深められてこなかった。それらの資料群は、縄文時代から紀元後七○○年初頭までの一万一千余年にわたり、地域的には、中国大陸はもちろん、アジアの北・東・西・南の広範な地域からの文化の流入があった。

従来の『古事記』研究は、このような時間の深浅や地域の広がり、また無文字文化のことば表現の世界を、『古事記』の形成過程と結びつけて具体的に把握するという点ではほとんど無力だった。

中略

『古事記』は、散文体で整理され、文字で固定され、現実の集落の生活・祭式から切り離された、いわば”死んだ神話”の集積体である。しかし、『古事記』に文字で編纂される以前には、縄文・弥生の集落で生活・祭式とともに実用的に機能していて、音声で表出される無文字時代の”生きた神話”があったはずだが、そのあり方は誰にもわからない。したがって、古層の”生きた神話”と七一二年に文字で書かれた『古事記』との違いもわからない。また、『古事記』には一字一音で書かれた歌謡が多数収録されているが、無文字時代の歌文化の実態もわからない。「歌垣」という恋の歌掛けがあったらしいことはわかるが、その実態についてもほとんどわからない。

―――――――――――――――――

古事記神話入門 日本人の心の底に眠る秘宝を探る 

伊藤八郎


34〜36頁

「古事記神話」は「文字」を読まずに「音」を聴く

漢字(文字)が飛来する以前に、既に非常に複雑で豊かな陰翳を持つ言葉の世界が日本にはあったのです。古代やまと言葉という、充実した誌的言語の世界があったのです。十分に意思の表示ができ、感情の表現ができ、そしてかなり象徴的・抽象的な表現が出来る言葉の世界があったのです。そこに書き文字である漢字(文字)が、各々の文字・漢字に音(シナ人の発音による読み音)が付いて入ってきたわけです。日本人は既にあった日本語の体系の中にこの文字をどのように取り込むべきかということを、長期間にわたり苦心惨憺したのです。つまり苦心惨憺しなければならないほど、こちら側の言語体系、言語生活に主体性があったということです。

中略

『古事記』を学ぶとき、どうしても私たちはテキストを読んでしまいますが、『古事記』は本来は音声言語による伝承ですから文字を読んではいけないものなのです。読んでしまうとどうしても文字に引きずられてしまう。特に漢字は表意文字ですから、文字が持っている意味に引きずられてしまいます。

中略

音声言語で言語体系を作っていた日本人は、音または言(言葉)に生命があると強く感じていて、これを大切にしていました。それを「音霊」または「言霊」と言います。


37頁

私たちが「古事記神話」を学ぶときには、文字(漢字)を読まずに音を聞くということが大切なのです。その音から、大和言葉の中に込められている生命・魂(霊)を受け取る。なぜその音・言葉を使ったのかという、その言霊をきちんと理解してかからなければいけないのです。国文学の世界などでの古事記解釈では、現在はこの言霊ということを余り強調しません。

38頁
谷口雅春氏はその著『古事記と日本国の世界的使命』の中で、

言葉はヒビキであり波動であり、ものの本質でありますから、符牒的数音を組合わさなくても一音一音で一つのヒビキがあり、ハタラキがあり、生命があり、意味があるのであります。

と、述べています。

40頁

では言霊学というのは日本のどこかの大学で講義しているのかというと、残念ながらそうではありません。しかし言語学の代表的な学者である渡部昇一氏が『言語と民族の起源について』の中で、

谷口雅春氏は日本の言霊を説き、それにもとづいて古事記の新解釈を下している。その正否はここで立ち入って論じないが。今の大学の言語学の体系内には占める場所がないのであろう。しかし現在の体系にはすんなりはいりこまないからといって捨てるのは危険である。われわれの中には具体的な日本語の起源を知っている人などはいないのだし、また古事記を伝承していた頃の日本人は案外谷口氏と同質の言霊説を信じていた可能性もあるのだから、その主張を一概に否定しないで謙虚に耳を傾けるべきであろう。

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