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zoom RSS どう考えても山本五十六に係わる意思決定と言動に不審な点が多すぎる

<<   作成日時 : 2015/12/03 05:12   >>

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本稿は、自民党歴史認識検証委員会の検討作業に関心ある方向けである。真珠湾攻撃の英雄とされる、山本五十六について調べ直す必要を感じ出稿することとした。

開戦前後から、ミッドウエー海戦の後始末までの間、山本五十六の名声が絶頂期だった時期、その意思決定と言動に不審な点が集中しており、通常ならその立場にある人がそうしないであろうはずなのに、敢えて暴走気味な決断と発言が垣間見られることである。

そう判断するに足る情報を、以下の5冊の本に私は見出している。

・太平洋に消えた勝機 帝国海軍が日本を破滅させた 佐藤晃
・人物叢書 山本五十六 田中宏巳
・凡将 山本五十六 生出寿
・米内光政と山本五十六は愚将だった―「海軍善玉論」の虚妄を糺す 三村文男
・連合艦隊司令長官 山本五十六の大罪 ― 亡国の帝国海軍と太平洋戦争の真像 中川八洋

私は、大東亜戦争開戦経緯に係わった、山本五十六の意思決定と言動について、通常の組織ならそうしないのではないかという視点から、不審な点を相当数見出している。(事例詳細は長くなるので本稿では言及しない)

それらの事実は、山本五十六一人による仕業なのか、山本五十六が一部中枢による謀略的な動きに従っただけなのか、まだ、私は読み取れていない。多くの研究者もその全容の解明には至っていない。

これらの本は、実は100%正確に書かれていない可能性があると思っているものの、(論理的でなく、史料提示不十分な)山本五十六絶賛本よりは、論理明快であり状況証拠を揃えている点において、95%の精度で概ねその指摘どおりだと推定している。

逆の見方をしたい。
これら5冊についての批判は、多い。そして、興味深いのは、その批判文が、根性の悪そうな人が書いたととれる書きぶりであることだ。特徴的に言えるのは、批判なり反論が、主たる記述部分ではなく、枝葉末節の部分に集中していることである。主たる記述に反論できないのだろう。つまり、批判する主体の中に、山本五十六の正体を知られたくない動機を持つ組織がいるように見受けられるのである。

その主体は何なのか?わからない。
わかっている人はわかっているはずである。
ただ、政府機関において、外交史や戦史を扱っている部署が今も存在している。なぜなのだろう。倉山満が、財務省は歴史編纂が好きな部署であるとか、五百旗頭真を批判する理由は何なのだろう。

前述の5冊の本の話題に戻りたい。
仮に一部ミスがあったにせよ、反論しようと思えばできることなのだが、実はその種の論争となる対象は、「山本五十六はあの時、こう言った、ああ言った」という類の事に、集中する傾向にある。

では、これとは対照的に、いわゆる山本五十六絶賛本の場合はどうか、上記で紹介した本と比較し、肝心な箇所は、書かないで済ましたものが大部分という印象である。
一例として挙げるとすれば、秦郁彦や森史郎の本は、非常に良く纏まっている。しかし、総じてその結論は、労作であるにしては、山本五十六の決断に問題があったとは、あからさまには書かない、感じなのである。
山本五十六について調べ直すには、その言行についてカムフラージュされている本だらけであることを知れば、読む本を選ぶべきなのだ。

その、山本五十六研究については、その手紙を収集し、見つけ出した手紙を筆写する、元海軍軍人の研究者がいたことをご存じであろうか?

その方の名は、千早正孝。「元連合艦隊参謀の太平洋戦争」という本のインタビュー記事の中でそう語っている。手紙を筆写すると語ることは、もちろん、千早正隆の調査動機は、開戦に至る海軍中枢の意思決定において、不審な点があったと考えているに他ならない。

さらに、海軍の戦死者情報管理に係わる、不思議な事案が2つある。

これまで読んだ中で、おやっと思った中から紹介させていただく。

たとえば、海軍の戦死者については、海軍自ら、すべての情報を家宅捜索して回収する内規があったそうである。

田中宏巳の書いた伝記本「山本五十六」において、山本五十六に係わる公的報告書の類の資料や私信がほとんど発見されない理由について、かく記述がある。

―――――――――――――――――

山本五十六 人物叢書 田中宏巳

6〜7頁

山本には書翰が多いが、公的報告書、日記やメモ、備忘録の類がないため、これが山本を研究対象にすることを困難にしている。海軍兵学校出身であるだけに、山本が日記をつけなかったとは考えにくい。考えられるのは、現役で死没の場合、海軍省から係官が来て、いわゆる家宅捜索を行い、海軍にかかわる書類をすべて持ち出してしまうという内則があり、山本の書類もすべて山本家から持ち出され、きれいに処分されてしまった可能性である。

―――――――――――――――――

さらに、山本五十六については、戦死の報が伝えられてから、妾宅に踏み込んだ憲兵が語るには、すべての情報は跡形もなく、消えていたのだそうだ。

―――――――――――――――――

ユダヤは日本に何をしたか 渡部悌治

145頁

山本五十六が、米内光政や高橋三吉らと、日・独・伊三国の軍事同盟反対の密議を凝らしていた場所は、東京・麻布の狸穴(まみあな)にあった。この妾宅の若い女性は当時十八歳で、新橋当たりで芸妓をしていた。この妾宅に情報を掴みに出入りした人物がいた。憲兵隊の須藤清輝君である。須藤君はこの娘芸妓を高く評価していた。山本が戦死した報を得て、須藤君が文書の遺稿でもと狸あなを訪れたときには既にこの女性が一切を処理し終えた後であり、失望して帰庁する途次立ち寄ってくれた記憶は消えない。十八歳なのにしっかりした女だとつくづく述懐するのであった。

―――――――――――――――――

そして、山本五十六の戦死の日時(4月18日)と戦死発表の間に微妙な時間的ずれがある。「山本五十六」(田中宏巳)についてかく記述がある。

―――――――――――――――――

275頁
東京青山の山本の家族に戦死が知らされたのは五月二十日で、山本の無二の親友であった元海軍中将堀悌吉が海軍の使者として悲しい報告を持ってきた。大本営は、翌日の二十一日午後三時の臨時ニュースで山本の戦死を発表した。

―――――――――――――――――

恐るべきことだが、山本五十六戦死の報は、海軍にとって都合悪い情報についての隠蔽工作が完了したことを確認し、行われた可能性があるようだ。
山本五十六の決断、言動に不審な点がなければ、書簡、手記の類はたくさん出てきても不思議ではないが、内規どおりの処置が完璧になされ出て来ないようである。そうした空白を埋めるべく、ある行為を目撃し、ある発言を記憶し手記にまとめた下士官の情報が、出版界に出回る。上述の5冊の本は、その種の情報をかき集めた本だという見方ができるが、その類の情報を根拠のない話だと、反論する人たちがいる。

反論すればするほど、山本五十六の人物情報管理に異常に神経を尖らせる主体が存在しているような気がしてならない。

さらに、もう一つ、恐るべき情報を提示したい。

山本五十六戦死の約1年前、ミッドウエー海戦の山口多聞殉死の報は、「山口多聞 空母「飛龍」に殉じた果断の提督」(星亮一)によれば、山本五十六戦死発表の数日後である。

―――――――――――――――――

11〜12頁
プロローグ

山口の死は、ミッドウエー海戦の大惨敗とともに一年近くも伏せられた。
帰国できた負傷者は外部との接触を禁止され、一年近く各地の海軍病院に軟禁された。
戦死が公表されたのは昭和十八年四月二十二日である。この日、靖国神社臨時大祭招魂式があり、多くの英霊が祭られるなかで発表された。
全国紙の多くは、旗艦「飛龍」と生死をともにした山口をトップで扱い、「大東亜戦初の功一級金鵄勲章、山口中将に賜う」と大々的に報じた。

―――――――――――――――――

この2つの情報から、山口多聞少将の殉死を隠蔽していた黒幕は山本五十六であると推定できよう。
なぜなら、ミッドウエー海戦は真珠湾攻撃と同様、山本五十六のゴリ押しによって実施されたものであることを知るならば、その後始末も、すべからく、山本五十六の意向に沿う形で行う、当たり前のことだ。
山本五十六がゴリ押しした作戦計画なのであるから、どういう結果になろうと、山本五十六配下の参謀達が、あちこちに圧力をかけ、こういう処置をしてほしいと指示めいた圧力をかけ、相手組織の権限にて実施させた、だけのことであろう。

公式とされる史料しか読まない研究者、すなわち組織を動かした経験がない研究者には、組織権限に係わる、この種の生臭い権力者たちの習性はわからないはずである。こんな程度のことはビジネス社会にて日常茶飯事のように起きているのだ。

そういう背景があることを斟酌すれば、(山本五十六が戦死した事実はもちろん誤魔化しようがないことではあるが)、山本五十六が戦死したので山口多聞の殉死は発表せざるを得なくなったのであろうと、私は解する。

それ故、調べれば調べるほど、山本五十六絡みの決断と言動について、調べ直さざるを得ないとの結論に達するのである。

最後に、戦史の真実は、(戦闘現場にいない参謀たちが、軍法会議等で糾弾されない?目的でまとめた)公式とされる戦史本の記述ではなく、血みどろの戦闘の現場で体験、目撃した下士官、兵卒の手記等にあるかもしれないことを指摘し、本稿を終える。

なお、山本五十六が、ミッドウエー海戦の最中、将棋を指し、インド洋開戦の最中、戦果で賭け事をした、という情報が漏れるのは、山本五十六という人物が、作戦的にも人物的にも問題ある人物だった証左であろう!それを伝えられるのは、状況的に下士官しかいないのは明らかである。



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内 容 ニックネーム/日時
死んですぐにここまで手際よく出来るとも思えない。
実は生前から、きちんと始末していたのでは無いだろうか?
それと、一方的にやられたミッドウェー海戦。
これほどの失態がありながら、実は、海軍だけでなく、陸軍や諸官庁にも怪しい人物はいないのだろうか?
いくら、海軍が懸命に隠蔽しても、絶対に漏れるはずです。
まともな軍人なら、いくら仲が悪くても、海軍の戦果や損害は押さえます。
その過程で何らかの情報を得て切り崩す以上は、どこかで大問題になってもおかしくはない。
そう考えると、絶対に海軍以外の協力者もいると考えて、研究すべき課題であろうと思います。
Suica割
2015/12/03 17:44
Suica割さんのお見立てのとおりであろうと私は思っているのですが、出版されている歴史書でその正体が何なのか、明言しているものはありません。陰謀論的アプローチであれば、答えは既に出ております。鬼塚英昭は、状況証拠からすべてを見抜いていると思われます。
従って保守系言論人が、状況証拠ではなく、根拠を示し言及するのは、少し先の事になるのではないかと、予想します。
それにしても、どう考えても辻褄が合わないことが多すぎます。世代を越えて、解明すべきテーマであろうと思います。
管理人
2015/12/03 19:13
保守言論人が証拠を示して言及するのは難しい。
ひょっとすると、不可能なのではと考えてもいます。

徹底的な戦中の物証隠滅や終戦後の軍を含む行政文書の廃棄や製紙原料としての行政文書の古紙としての横流しであらゆる物証として残る機会が無くなっている中で、充分かつ、重要なものがあるのか非常に悲観的に思っています。
Suica割
2015/12/03 19:44
<徹底的な戦中の物証隠滅や終戦後の軍を含む行政文書の廃棄や製紙原料としての行政文書の古紙としての横流しであらゆる物証として残る機会が無くなっている

そういうことがあったのですね。
状況理解できました。
管理人
2015/12/03 20:00
一言。
他の著者の本はどうか存じませんが、中川八洋氏の本は、検証もまったくやってない単なる与太話を掻き集めただけのものが多すぎるし、また、中川氏の見方と逆の見方も多くあるものを、あたかも真実であるかのように断定して論評しているのには怒りを覚えている者です。
結局、与太話を根拠とした論評などは、「与太話」でしかない、のです。
私は中川氏の、その本を検証したことがあります。
ほとんど、事実ではありませんでした。いくつか例を上げれば、@96陸攻機への自爆命令。・・山本には他の艦隊に人事で命令する権限はありません。多くの書物の言うことは、現場の上司が「戦陣訓」的な考えで独断で命令をしたというのが真相のようです。A特攻兵器製作を命じた。・・それは海軍省軍務局の「山本」という別の人物と混同している。
Bミッドウエー海戦で将棋をやってた。・・これも事実ではない。将棋をしていた相手も、その場にいた伝令(軍楽兵)2名もそんな証言はしていない。

中川氏の本は、こんな調子です。検証が一切ないのです。
戦後何年も経ってからの証言というものは、時期や場所を混同していたり、ウワサに尾ひれが付いて、とんでもなく事実とかけ離れたものになってる場合が多いのです。
歴史を語る場合には注意したいものです。
石部金吉
2015/12/12 15:49

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