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zoom RSS 「歴史の虹」が見えている人について

<<   作成日時 : 2015/10/29 07:00   >>

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歴史学者は、ミクロ的視点から、史料収集し、史料検証し、それを積み上げて、論文とし、それを集積して、歴史書とする傾向がある。職業上、そうなるのは当然の事だ。

ただ、この手法に問題がない訳ではない。

・木を見て森を見ずとならないか
・文献資料の検証に手間をとられ、文献資料以外に無関心とならないか
・教条主義的思考に陥らないか

コツコツと文献を探しあて、史料検証した後、歴史論文を作成する、文献検証至上主義者が、陥りやすい傾向にあるようだ。

渡部昇一は、数々の歴史書を手がけている。渡部昇一は、「歴史の虹」が見えているようである。それゆえ、通史ものの本が書けるのであろう。
渡部昇一は、「歴史の虹」について、こう述べている。

―――――――――――――――――

「名著で読む日本史」 渡部昇一 


4〜6頁

歴史には、国史すなわち「自分の国の歴史とは何か」という問いかけがあります。
これについて私は、若い頃に読んだオーウエン・バーフィールドの考え方に賛同しています。彼の考え方はだいたいこういうことです。雨上がりの空には無数の水滴があります。水滴はただもやもやしているだけですが、ある一定の距離、一定の方角から眺めると「虹」が見えるのです。その同じ「虹」を見ている人たちは、共通の歴史認識を持っている人たちであって、この「虹」はその人たちの国史になるのである、と。

中略

歴史的事実というものは無数にあります。では、歴史的事実が無数に書いてある新聞紙を積み重ねるとそれが歴史になるかといえば、それは歴史の史料にはなるけれども、歴史にはならないし、国史にもなりません。そうした無数にある史実の中から、一つの流れ、「虹」のようなものが見えてきれ、それが多くの人の共通の歴史認識となったときに、「これはその国の歴史(国史)である」といえるのです。

でもその「虹」を調べようとして「虹」に近づいていけば「虹」は消えます。細かい歴史的事実に近づくだけでは国史は見えてこないのです。

私にこういう本を書く資格があるのか、と疑問を感ずる人がいるかもしれないので、あらかじめ答えておこうと思います。
歴史について語るとき、私は自分が素人と専門家の間に位置する人間であろうと考えています。大学では、英語学、専門としては英文法史を中心としてイギリスのいわば国学史に当たるものを研究しておりました。しかし、旧制鶴岡中学・新制鶴岡第一高校時代の恩師・佐藤順太先生(博識で、英国の貴族の生活、その趣味ある猟に詳しく、猟銃・猟犬についての戦前の第一人者でした。当時の百科辞典のその項目を担当しておられました)の影響もあり、日本のことやシナのことに対しても関心を失いませんでした。そのため大学では英語教師になるための単位を取るのと同時に、国語漢文の教師になるための単位も取りました。ただし、教育実習には出ていませんので教育免状は持っておりません。

ですから、私は日本の文献を読んでいるという点については素人より少し上であると思います。しかし、日本の歴史についての専門家ではありませんから、半素人といった位置にあるといっていいでしょう。
ただ、私は専門家と素人の中間にいる人間にも価値があると思います。というのは、今の世の中では、歴史の専門家になるとどうしても自らが専門とする狭い時代の研究に集中しなければなりません。私の知っている専門家たちを見ても自分の専門である三十年から五十年の間に関する知見を除けば、素人同然という人も見受けられます。その点、専門家と素人の真ん中辺りにいて「虹」を見続けた人間には、かえって専門家よりも「虹」の姿をうまく伝えることができるのではないかと思うのです。

―――――――――――――――――

『「虹」に近づいていけば「虹」は消えます』という表現は二通りの状況を暗示しているようである。一つは全体をみようとしないこと、もう一つは教条主義に落ちいり排他的になることである。

渡部昇一が、歴史の虹が見えているとする、最大の理由は、古今東西の歴史書を誰よりも読み込んだ結果ではないかと私は思っている。
この点については、渡部昇一を批判する人は見習わなくてはならないだろう。

これに対し、歴史学者たちの研究実態はどうだったか?

倉山満は、歴史学者たちの視野狭窄実態(専門馬鹿状態)について、「嘘だらけの日露近現代史」という本の中でかく暴いている。

―――――――――――――――――

12頁

部分的には、ものすごく詳しい人は多い。しかし、全体を語れる人がほとんどいません。これは大学教授も、そこらのオタクであっても変わりません。たいていの大学教授は「自分の専門以外のことを語らないのが美学だ」などとわけのわからない言いわけをして己のモノ知らずを自己正当化しますし、オタクは最初から自分の好きなことしかしません。
だから、部分的には正しくても全部つなげると意味不明な話になりかねないのです。

128頁
たいていの大学教授や院生は「まさか」と内心で思っていても、自分の専門分野じゃないからまあいいか、と右から左です。要するに他人の話を聞かないので、「これは私の縄張りだ。俺が世界で一番詳しいんだ」と言い張る人がいれば、誰もツッコまないのです。そうすると、お互いに攻撃されずに済みます。

―――――――――――――――――

歴史学者たちは、渡部昇一ほど古今東西の歴史書を読んでいないようである。

実際、専門以外の歴史分野については素人同然という指摘もあるようだ。

通史が書ける歴史学者は何人いるのであろうか?

さて、歴史の虹が見えている人は、他にもいる。

アメリカ史では、渡辺惣樹が該当する。日本のアメリカ史の歴史学者は、国内にある文献資料中心で研究しているようであるが、渡辺惣樹は、アメリカにある史料にかなりウエートを置いて研究している。在野の人ではあるが、日本国内のアメリカ史の歴史学者を乗り越えた、と見ていいだろう。

倉山満については、過激な言動などから賛否両論ある人ではあるが、歴史の虹が見えている人だと思う。

国別の(リライトではない)歴史書が書けるのは、歴史の虹が見えているということである。

代表的な著作を参照しておきたい。

・嘘だらけの日米近現代史
・嘘だらけの日韓近現代史
・嘘だらけの日中近現代史
・嘘だらけの日露近現代史

倉山満は、視点を変え、国別に歴史書を読み、整理したうえで歴史解説書として書いたに過ぎないのだが、通説の間違い?を指摘する件は、読む人にとっては痛快そのものである。

倉山満の本は、リライト部分が少ない。当たり前のことであるが、リライトしたに過ぎないものを歴史書だと思うことがおかしいのである。
倉山満の本によって、歴史学者たちは一体何を研究してきたのか、気づく人が増えているのではないかと思う。

歴史学者で、国別に歴史書を書ける人は、一体何人いるのであろうか?

同様の手法で歴史書を書いている人は、もう一人いる。

岡田英弘もモンゴル史を通じて、中国史を眺めている。

外国人では、黄文雄がそれなりの歴史書が書けているようだ。外国人として、視点を変えて淡々と書くという当たり前の作法が身についているから書けるのだろう。

この他に、見落とされてきた文献を発掘し、歴史書を書いている人についても、「歴史の虹が見えている人」として分類できよう。
ただ、問題はある。その「虹が見えている範囲」が狭いケースが多いのだ。狭い範囲で「虹」を見つけてしまった場合は特に。ミクロ的には正しくても、それを正当化しようとするあまり教条主義に走る懸念があるのだ。(もともと正解はない世界だというところから始まっている人の場合は陥ることはないことではある。)「虹が見えると自覚しているから歴史書が書けるのだろうとは思うが、通史との係わり、他国との係わりを含め、全体の中でどう位置付けるか、歴史を鳥瞰し、どう埋め込むかがポイントとなるような気がする。部分的には素晴らしい歴史観であっても、全体整合性をどう説明するのか、ということなのである。

いろいろ書いたが、私の場合は、古今東西の歴史書などを読む他に、渡部昇一のように歴史書を読み込む努力、倉山満のように国別に歴史観を鳥瞰する能力、黄文雄のように視点を変えて淡々と書くスキルを身につけたいと思っているところである。




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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
歴史というものを理解するのはなかなか難しいものですね。学校の授業などで歴史を教える時にも、指導方法には色々注意しなければならないかと思います。指導方法を誤れば、ある歴史的事実について、歪んだ偏見を持って見てしまいがちですので。

例えば、現代では一般的に「ナチス」や「ヒトラー」、「ホロコースト」などは「悲劇であり、悪しき歴史的事実」として位置づけられておりますが、果たして本当にナチスのやった事を理解している人はどれ程いるのだろうかと思うところです。

あまり知られていない事ではありますが、「ナチス」が台頭した1930年代は、第一次世界大戦後のデフレ下にあった為、ドイツの経済が疲弊してた時代です(ニューヨークのウォール街に端を発する世界恐慌もありました)。失業率も非常に高かった時代です。その当時のドイツの政治政党には、このデフレから抜け出すだけの政策を打ち立てられる程の政治家はおりませんでした。

ドイツの人々は間違いなく資本主義経済の行き詰まりを見ていたに違いありません。実際、ヒトラーも反資本主義者です。

そこで、ヒトラー自身も反政府運動(ミュンヘン一揆)に参加
し、ドイツの政治を変えようとしていました。一揆は失敗し、ヒトラーは逮捕されましたが、釈放後、ヒトラーは、ナチス党の党首として選挙に立候補、ドイツへの不満でくすぶっていた民衆を煽り、選挙で大勝し、当選しました。





大杉
2015/10/29 23:40
ヒトラー自身は、政治家となる以前からユダヤ人について考察をしていたらしいのですが、選挙当時はそれ程強い反ユダヤ主義的な考えは持っていなかったようなのです。実際、在任中にユダヤ人の為の国家(現在のイスラエル)を造ろうとしていたこともあったようですから。

ヒトラーは、当選後、まずドイツ経済の再生の為に、様々な経済政策、戦略を打ち立てて行きました。彼の政策はどちらかというと、福祉重視の社会主義的な政策ではありましたが、社会主義だけでは成長できない事も見越して、資本主義的な競争原理も導入していました(現在のドイツのVWはヒトラーが設立を命じたものです)。当時としてはむしろ理想的な経済政策であったのではないかと思います。

これらはヒトラーの侵略戦争準備の一貫であったと言われておりますが、当時は戦争が一種のビジネス的な側面もあったことを考慮すれば、ある程度その政治手法は理解できます。また、当時は戦争行為自体は違法なものではありませんでした。

ドイツの侵略戦争のみが取沙汰されるのは異常ですね。当時はどこも(英仏米ソも含めて)侵略まがいの戦争行為をやっていたわけですから。
大杉
2015/10/29 23:40
彼は反共主義者ではありましたが、その当時は世界中で、ソ連主導の元で共産化の脅威に晒されていたため、各国で国家解体を目論む共産主義の台頭を防ぐために追放、摘発をしなければならない時代でした。

共産主義者達は、ヒトラーを非難するでしょうが、共産主義者の残虐性を顧みれば、反共主義者のヒトラーもそれほど悪ではないだろうと思います。実際、ドイツ経済は共産主義者の理想とする社会により近い形であっただろうと思います(完全な平等主義ではないが、社会福祉が充実した資本主義経済)。

結局、彼の場合はホロコースト以外は特別非難されるほどの行為はやっていなかったのではないでしょうか。ホロコースト自体も、ヨーロッパの地域においてはユダヤ人への迫害など珍しい事ではありませんから、それのみ取沙汰すのもどうなのかと思うところです。(ユダヤ人は、フランスやソ連などでも激しく迫害されています)。

結局は歴史は戦勝国が作るという事ですね。敗戦国側の言い分は全て「悪」とされ、半永久的に犯罪国扱い、その歴史的意味は検証不可能にされ(「悪」とされた歴史事実の検証や擁護などは非難の対象、犯罪となる)、戦勝国側の都合の悪い事実は、それを記録した資料が焚書され、隠蔽されるという訳です。
大杉
2015/10/29 23:40
「ナチス」が悪であったとしても、その根拠とは何か?ホロコーストでユダヤ人を強制収容所で大量虐殺したから?でも、当時のドイツ人がユダヤ人に対して激しい憎しみを抱くだけの何らかの社会的背景、理由があり、それを基にして虐殺を行ったのならば、たとえその行為が「悪」であったとしても、虐殺へと至った原因をナチス側にばかり求めるのはおかしいのではないか?という事になります。

自分が仮にその当事者となった時に同じようなことをしないというだけの覚悟が無ければ、そういった行為が「悪」だったとしても、問題の責任全てをナチス側に求められてしまえば、歴史が歪められてしまいかねません。

結局は敗戦した事が大きいのかもしれません。仮にナチスが戦争で勝利していたら、ホロコーストが「正義」であったかのように語られていた可能性も十分あります。

歴史を理解する事の難しさは、ナチス一つとってみても難しいものです。真意は不明ですが、一方的な先入観で歴史を見ないようにしなければなりません。
大杉
2015/10/29 23:41
大杉さんのコメントを読み、ハミルトン・フィッシュ(ルーズベルトの政敵で共和党有力議員)の本を思い出しました。ハミルトン・フィッシュは、大杉さんと同様、ヒトラーの主張における妥当な部分をきちんと評価しています。
学術的研究においては、大杉さんの指摘のとおりと思います。そうあるべきです。
ただ、ヒトラーについては、私は、大杉さんほどの知見を有しておりません。一カ月10冊前後読破してますが、そこまで手が廻らないのです。
管理人
2015/10/30 01:49
ソビエトを勝者の立場に置いて、東欧の支配者にしたのもどうかと思いますね。
まあ、勝者というのは、良いにしても、東欧の支配者というのはどうかと思いますし、ポーランドに対しての侵攻は、ナチスとの共謀で行っている。
すなわち、ナチスと同罪というわけです。
さらにいうと、終戦後にいきなり撤退勧告も何も無く日本に攻撃したりとやる事が無茶苦茶です。
どう考えても、正義に入れて良いのか分からない前歴の国家が常任理事国にあるのが、矛盾ですね。
Suica割
2015/10/30 17:18
安倍首相の中央アジア訪問、ロシアに対しては、将来的に効いてくるジャブを放ったとみております。
表面的には友好ムード、現実面ではニコッとしつつやり返す、安倍政権によって外交の世界も様相が変わりつつあるようです。
管理人
2015/10/30 18:11

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