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zoom RSS 政治課題として「戦前・戦中・戦後の歴史を総括」するために必要となること

<<   作成日時 : 2015/09/13 06:47   >>

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安倍談話を受けて、近現代史を総括する流れが加速すると、私は予想する。
そんな中、改めて歴史の総括の必要性について言及される議員がいる。

私は総論で賛成であるが、各論の視点で眺めると、膨大な作業、論争を手順的にどう管理し、結論を出すのか、と考え、そう語る方自ら歴史検証に携わる方でない限り、説得力があるはずがないというスタンスである。

そういう私は私なりのやり方ではあるが、歴史検証作業みたいなものに着手している。

また、人によって、「歴史の総括」という言葉の意味について受け取り方が違うのでないかと思っている。
すなわち、この種の言葉を使う人が、言葉の定義をせず語っている問題が発生していることを指摘している。

少なくとも、政治家が語る「歴史の総括」と民間人が語る「歴史の総括」では、意味するところが少し違うのではないかと思う。

真正保守層は、「歴史の総括」と言うと、厳密に言うとほとんどの歴史書を検証し直すととるかもしれない。そんな事は現実的ではない。口ではそう語ったにせよ、物理的に実現不可能なことである。
私は、こう見ている。東京裁判史観の是正、捏造され歪曲された一部の歴史論文・歴史書について、歴史検証的作業ができればいいのではないかと考えるのだ。つまり、新たな情報の発見、開示があれば、追加するか部分的に手直しすることで対処するのである。

私は、自分一人ができる程度の作業量という前提で述べている。実際、歴史評論的作業な作業は進めている。(目下のターゲットは、開戦時の日米外交史である。)

これに、ご不満な真正保守層の方、是非ご自身で、読書され、歴史書について論評いただきたい。

さて、政治家が「歴史の総括」と語った場合は、「歴史検証的な作業」、「政治的決着」、二つの側面があることを意識する必要がある。

民間人が語った場合は、概ね歴史検証的作業に包含されると考えるが、政治家が語った場合は、歴史検証的作業に政治的決着が付加される、と解することになる。

政治家が使う「総括」という言葉を使った場合、言葉の意味は重いのだ。

とりあえず、「歴史検証的な作業」、「政治的決着」について、どういうことなのか、定義的説明を以下に試みる。

歴史検証に係わる実務的、作業を定義すると、こうなる。

まず、「テーマ設定」。テーマ設定のサンプルは、以下。

歴史総括「近現代史」 学術的評価に耐えられる歴史書の必要性について
http://nihonnococoro.at.webry.info/201508/article_26.html

その設定されたテーマ毎に

・情報収集
・存在している文献の再評価、チェック
・埋もれている歴史文献、無視され続けてきた歴史文献の発掘
・アメリカ政府等の公式文書新規開示分の分析(特に開戦直前の情報、ルーズヴェルト政権の背信行為、ヴェノナファイル関連)
・翻訳すべき本の歴史資料への追加(フーバー回想録など)

が発生する。

次に、これらを受けた

・事実関係の整理
・捏造や間違いの訂正
・関係者間の情報共有化
・歴史論争
・まとめ作業

が行われることになる。

これだけでも結構な作業量となる。それなりのスキルを有する歴史研究者が10人いたとして、3年分くらいの作業に達するような気がしている。(直観的予想)

それを受けて、政治的決着に向かうべく政府による最終処置

に向かうと予想する。

もちろん、歴史検証作業抜きで、政治決着することは、政治的にリスクを負うことになる。普通の政治家なら逃げる。

続いて、政治的決着とは、政府による最終処置であり、

・国会決議(かつてA級戦犯に係わる国会決議が行われたことがある)
・閣僚談話
・政府による公式文書化
・歴史教科書改訂
・図書館所蔵本の整理(明らかな捏造記事、捏造本の廃棄等)
・政策決定
・必要かつ十分な立法措置(再発防止対策)
・慰安婦問題については東京裁判モデルの特別法廷

をイメージする。

政治家が、歴史を総括すると語った場合、これら一連の作業について政治的意思決定を伴うプロセスを経ることを意味する。

一般論として、政治家が「歴史検証、総括」を語った場合、本稿で述べたような作業、論争など、膨大なプロセスを経ることを覚悟しての発言であろうと、私は受け止めている。

従って、政治家の立場として、「歴史の総括」などと、(簡単に)言えるはずがないのである。

一方で、歴史検証よりも先行して。集団的自衛権解釈において、政策決定した事案がある。

集団的自衛権  韓国を助けるべきでない決定的な理由
http://nihonnococoro.at.webry.info/201509/article_2.html

そういう背景事情を、十分理解された上で、「歴史の総括」について言及される政治家も存在する。
そう言うことで、言った本人がそれだけの負荷を負うことになることは避けられない。

橋下徹が慰安婦問題の虚構について、良識ある政治家が南京虐殺がなかったと発言したために、政治的に逆境に陥った過去を忘れてはならないが、朝日新聞が慰安婦誤報を公式に認めたこと、安倍首相のアメリカ議会演説への賞賛、安倍談話で次世代の人々に謝罪させる義務を負わせてはならない、と述べたことなどから、やっと歴史認識問題に係わる政治的状況が変わりつつある。

従って、政治課題として「戦中・戦後の歴史を総括」するタイミングは近づいている。
「戦中・戦後の歴史を総括」について呼びかける政治家が現われて不思議ではない。

私の結論は、こうだ。

「歴史の検証、総括」は必要だし、やるべきだ。
私個人は、歴史書を読破しつつ、文献収集、テキスト入力等を進めている。歴史書の下書きくらいは書いている。歴史学の本も併せて読んだ。既に、作業途上にある。

そのうえで、申しあげたいこと、それは、基本的な事なのであるが、歴史検証作業は文章化最優先で行うべきと考える。
なぜなら、一連のことが文章化されて、それで初めて「歴史」であると認定されてきたからだ。
捏造事案を意識するならなおさらそうだ。
当たり前のことであるが、文章化されないものが、「歴史」であるはずがないのである。古今東西の歴史書は、文章化された結果として継承されてきたことを忘れてはならない。

そして、政治家が「歴史の総括」について言及するのであれば、一連の政治的決着について、避けて通らないと、意思表示したと解すれば、政治家として相応の覚悟あっての発言と受け止めるべきだろう。しかし、そう語る政治家が極僅かしかいない。

週刊西田一問一答「時の政府ではなく、日本国として本大戦の総括は必要では?」
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/0e817e919b448146b5eebbbe2fbe8924

もし我々がそのような政治家を本気で支援するつもりなら、議員の発言のための歴史検証作業的な露祓い、だけでなく、場合によっては議員を身を挺して護る気構えが、求められるだろう。

そうでもしなければ、政治的決着はいつまで経っても実現しないと思うからだ!


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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
西田議員がこのことを言ったのは3年ぐらい前で、それは西田議員の会であり、直接聴いています。それ以外で発言したのは1年くらい前だったか、平沼赳夫先生との対談です。平沼先生はそれを認めながらも「国内問題として」とクギをさされていたのを覚えています。
西田議員は「勝てば官軍と誰が言った?明治維新から総括しなければならない」と(これも直接、電波を通さず・・・動画ではない)発言、西部・佐伯、特に佐伯啓思元京都大大学院教授がこのところ、著作を何冊か出しており、西田議員と親しく、同じような考えを持っています。西村眞悟先生とは違う流れを感じます。
私もこれ以上は書けないので。安倍談話は西田・三宅・西村眞悟・平沼赳夫氏らは歓迎しておりません。
中川さんが生きていれば・・・という声をよくききます。知識も大事ですが、それがすべてではない、難しいところです。上手に書けませんが、私は直感的な理解をしています。
ベッラ
2015/09/13 09:41
「次世代の党」というよりも元「たちあがれ日本」のスタンスはハッキリしていて、若い議員とは少し違うのはお気付きでしょう。
私のところに同調圧力のコメントが何年もきて、たかがコメントで説得できると思ったのか、随分威圧的で相手にできないと・・・でもこれって左派より面倒なのですよ。全部自分の思っていることを書けないのに、「瞬間的に」レッテルを貼り、威圧するのがたまにいます。
私は考えが違う保守とも、違いを尊重しながらも付き合えるのを大切に思っているのです。貴ブログのことではありません。みなさん、それぞれ自分の考えはあると思っていて、しかもそれは理論だけでなく感性もあるのでしょう。私は政治は素人ですので、たとえば音楽的なことで歴史を感じる、それが三宅先生のお考えに近付けることになった、人生って不思議なものです。
全く違ったことで「同感!」なのですから。
なぜ私が保守になったのかも、いつからなのかも、よく覚えていないのですが、実は漢詩や史記、三国志も影響しているのです。それとヴェルディのオペラが一致するのですから偶然とはいえ、人生は面白いものです。
ベッラ
2015/09/13 10:06
ベッラ様、おはようございます。
本稿は、歴史の総括を語った場合の、用語の定義、作業内容および手順等について、規定し、共有化する目的で書いたものです。
前々から出稿準備しておりましたが、今日やっと出稿することとなりました。
ご指摘のように、西村眞悟先生は、メルマガにて歴史関係のテーマで出稿されています。西村眞悟先生の主張には、賛同する点が多々あります。
本稿は、政治家が語る場合の歴史の総括と我々保守層が語る歴史の総括のイメージを一体化できないまでも共有化することを狙いとしています。
しかるべき議員のご参考となればと願っております。
なお、自分が保守であることを、最初に自覚するようになったのは、國體に関する事項についての考え方を一つ一つ文章化することがきっかけでした。
音楽はベッラさんにとって欠くことのできない存在であるのと同様、文章化という行為は、私にとって絶対要求事項なのです。
管理人
2015/09/13 10:49
西村眞悟先生は偉大な思想家でもあります。
私はワーグナーのオペラを通して理解しました。
西村先生はきっと驚かれることでしょう。
しかしワーグナーの音楽には英雄的で自己犠牲と滅びの美学があり、心に切々と訴える。
三宅先生はヴェルディのオペラです。
伝統を重んじながら祖国愛に燃える心を沸き立たせる、
ワーグナーとヴェルディは同年生まれで、19世紀末の大天才です。しかし違いも大きく、それをそのまま楽しめます。またよろしかったらお聴きください。
ワーグナーは自分のオペラの脚本も書いたマルチ天才ですし、ヴェルディはリッソルジメントといって「祖国統一運動」に燃えた天才作曲家です。
都市国家だったイタリアが祖国統一するにはかつての「ロンバルディア同盟」を想起することでした。
集団的自衛権、でしょうね。
貴ブログの文章化、期待しております。
ベッラ
2015/09/13 11:14
「歴史総括」というものは難しいですね。

少なくとも、政治家としては「歴史解釈」にかかわる部分は、あまり言及するべきではないのかもしれません。

歴史というのは、一側面から見たものだけでは、全ては分からないものですから、背景、関係、経緯など、様々な要因を分析しなければ、歴史を理解できたという事になりません。

また、歴史は立場によって見方が変わるものでもあります。

例えば、安重根は、日本では【犯罪者】ですが、韓国では【英雄】です。これもある意味では解釈の違いによるものです(この件では日本が正しいと思いますが)。同様にナチスの犯罪や、原爆投下に関しても解釈の問題があります。

よく、戦前・戦中世代は、「若い人は戦争を知らない」などと発言しますが、これにも疑義があります。

戦時下の生活というものが、過酷であるという意味では、確かにそういった生活を自分達は知っているわけではありませんが、実際には彼らも、日本が大戦に至った経緯まではよく分かっていないのではないでしょうか。

恐らく、大戦に至った経緯に関しては、当時の政府中枢部にいた人間にしか分からないのかもしれません。第三者がその経緯を推測する事は出来ますが、経緯を総括するのは極めて困難であると言えます。

「歴史総括」は、最終的に政治家がやらなければならないと思いますが、特定の勢力に都合の良い(これは左右当てはまります)解釈をして、国の名誉を棄損しないようには注しなければなりません。

嘘の歴史は正さなければなりませんが、歴史解釈に関しての総括は、政治的には極めて難しい問題ではあります。
大杉
2015/09/13 15:30
ベッラ様
<ヴェルディはリッソルジメントといって「祖国統一運動」に燃えた天才作曲家です。
都市国家だったイタリアが祖国統一するにはかつての「ロンバルディア同盟」を想起することでした。
集団的自衛権、でしょうね。
こういう時代背景を知っていたら、ヴェルデイという作曲家の存在をもっと理解できていたと思うに至りました。
管理人
2015/09/13 16:55
大杉様
ご訪問そしてコメント投稿ありがとうございます。
文章から察するに、大杉さんは歴史認識問題の本質、そして核心をお見通しではないかと思われます。そのうえで、書かれたのだと思います。
さて、私は、つい2、3年前まで、歴史については初学者でした。渡部昇一先生の本を中心にいろいろ読み、歴史学の本も読みはじめ、このテーマで書くことを決意しました。たぶん、あと数稿は出稿することになるでしょう。
また、大杉さんが書かれたことは、当事者として歴史書を書く際にも当てはまることであり、参考とさせていただきます。ありがとうございました。
管理人
2015/09/13 17:02

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