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zoom RSS なぜとんでもない判決が続出するのか 官僚裁判官制度の弊害

<<   作成日時 : 2015/04/08 18:58   >>

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NHKが関係する裁判を中心に、とんでもない判決が続出している。
今回は、その事例紹介はしないが、以前は、地裁だけかと眺めていたが、最近は、高裁でもとんでもない判決が増えているような気がしている。

そこで、とんでもない判決の原因になっているものを調べていたところ、一冊の本に出会い、本稿出稿を決意した。

門田隆将の「裁判官が日本を滅ぼす」は、約10年前に出版された本だが、日本の裁判官の現状を鋭く指摘している。

この分野を扱った本の名著の一冊に数えられるだろう。

ただ、この本には、著者が意図して書いていると思われる箇所があるので、それを最初に指摘しておきたい。(読む必要がないという意味で)

それは、十四章の『「言論の自由」を政治家に売り渡した最高裁』である。
最高裁が国会に呼び出され答弁させられた事実を以て、マスコミ報道の名誉棄損賠償額の見直しに入ったという指摘がある。(同書、248頁)本書によれば、「損害賠償実務研究会」では、「それまでの名誉棄損裁判では、勝っても賠償額が百万円程度だったのが、この基準を一気に五百万円平均にまで引き上げる」趣旨で検討を行ったとしている。(同書、249頁)
著者は、ジャーナリストとして、名誉棄損賠償額の高額化に危機感を持って、本書を執筆した可能性があるのだ。
本書が出版されたのは、2003年。2010年頃のマスコミの偏向報道はひどかった。連日のような麻生叩きは、明らかに、名誉棄損、信用棄損ものだった。それでも麻生首相は、訴訟に持ち込まなかった。訴訟沙汰にしなかったから、マスコミがつけ上がったと見ている。

前置きは、それぐらいにして、本題に入らせていただく。

本書の「第十五章 裁判官教育の失敗と教訓」において、なぜとんでもない判決が続出するのか、官僚裁判官制度の弊害を指摘する、参考となる情報がある。
※見出しは、読みやすくするために、拙ブログにて付け加えたもの

―――――――――――――――――

●判例絶対主義

裁判官は訴訟を手際よくこなし、上の意向に沿って一定の方向に向いた判決を次々と下していく。彼らにとっては、最高裁判例は絶対。これに反する判決を出すことなど、およそ考えられない。(266頁)


●超エリート意識を統制目的で裁判官に植え付ける最高裁

彼らには強烈な自負がある。自分たちは選ばれた人間であるという超エリート意識だ。これこそさまざまな弊害を生んでいる最大の要因であり、厄介極まりないものなのだが、実は国、すなわち最高裁が裁判官統制のために、これを進んで植えつけているという背景もある。(266〜267頁)

安倍晴彦弁護士談「裁判官は、もともとエリート意識の塊なのに、そこにおまえはエリートだ、おまえはエリートだ、とさらに最高裁によってその意識を植えつけられていくんです。これは最高裁にとって、その方が管理、統制しやすいからにほかなりません。選ばれたごく少数のエリートであれば、特権意識を持ち、最高裁の方針に無条件で従ってくれるからです。」(277頁)


●人事評価を異常に気にする制度

「…………………上級庁で自分と逆の判決が出た場合、その裁判官は勤務評定上、マイナスの評価を下されます。だから、常に上級庁を意識して、上からひっくり返されないような判決を出そうと、それだけを考えるわけです。そうしないとコースから外れる。コースから外れると裁判官はみじめです………………」(五十代のベテラン弁護士)(271頁)

●修習生時代の破格の手当

ここで一年半の司法修習(かつては二年間)を彼らはスタートさせる。最初の三カ月間と最後の三カ月間、この研修所でみっちり法理論を叩きこまれるのだ。
修習生は毎週月曜日から金曜日まで五日間、授業を受ける。間に挟まれた残りの一年間は、それぞれ全国の研修地に赴任し、実地の研修を受ける。彼らの身分は、国家公務員に準じ、国家公務員上級職の二、三年目の人間と同等の給与をもらうことができる。勉強しながら給与をもらい、自分たちがエリートであり、特別な人間であることを自覚させるシステムである。研修地に赴任すると大都市手当、住居手当、あるいは仙台以北が研修地の修習生には、寒冷地手当など、さまざまな優遇手当がある。修習生の年収は、税込みで四百万円近い。(268頁)


●検察・裁判官の資質、人選

検察は、年齢や成績に関係なく、正義感に溢れ、犯罪者とも対峙できる闘志のある人間をリクルートします。それに比べて、裁判官は、年齢が若く、成績が抜群で、しかも従順な人間を主にピックアップしていきますね。成績上位者は裁判官になることが多い。」(司法関係者)(269〜270頁)

臨床心理士和田迪子談「私が気になるのは、裁判官の採用が、司法修習生の中でも成績がよく、若くて、従順な人を選んでいる、ということです」「それが事実ならば、いい子、イエスマンで上からの命令や指示に忠実に従うことのみに終始したタイプを選んでいることになります。」(283頁)


●テクニック偏重の要件事実教育の弊害

「司法研修というのは、知識を持っているかどうかの勝負です。これを一生懸命やっている内に、一種の陶酔感みたいなものを感じてきます。気が付くと、市民の目からは完全に逸れていました。」(三十代前半の弁護士)(270頁)

「ひと口に知識偏重といっても、それが法律をめぐる根本的なことを教えてくれるならまだ救いがある。法が何のために存在し、法が本当に救わなければならないものは何か、という点ですが、そんなことを研修所では一切教えません。それに憲法の授業も皆無。法の基本を教えず、ただ法律上の技術だけを教えてくれるんです。裁判官になる人は、そんな中でも呑み込み抜群の人が多い」(三十代半ばの若手弁護士)(270頁)


●上から目線、人の話に耳を傾けない裁判官の存在

「法廷で一番高いとことから被告人や弁護士、検察官、そして傍聴人まで見下ろしているせいか、尊大な態度をとる裁判官は少なくない。ふだんから法律用語や専門用語でしか語らないし、一般の人にはわかりづらいだろうに、わからないやつはどうでもいい、という態度がみえみえなんです。異色の集団です。」(司法クラブ記者)(271頁)
「エリート意識が強く、人の話にまったく耳を傾けません。こちらも訴訟進行上、にらまれたくないので敢えて逆らいませんが、とにかく自分の思ったことを人が受け入れることを当たり前だと思っている。ひとことで言えば。傲慢な人たちですよ」(三十代後半の弁護士)(271頁)

安倍晴彦弁護士は、自戒を込めてこう語るのである。
「たしかに裁判官はエリート意識の塊です。それは、ふつうの人に対して不信感すら抱いているほどのエリート意識といっていいかもしれません。心ののかでは、”私が決める。下々の者がなにを言うか”とさえ思っている裁判官は少なくないでしょう。だから丹念に底辺の人たちの事情や意見を聞いて心理をする、という意識は今の裁判官にはないと思います。」(276頁)


●世間知らずの裁判官が多い
「裁判官と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、世間知らずという言葉です。とにかくかれらはモノを知りません。……」(四十代後半の弁護士)(271頁)

安倍晴彦弁護士談
「裁判官の異常性というのは、裁判所の職員が一番よくわかっていますよ。彼らは、裁判官というものを特別な存在だと見ています。彼らは絶対に裁判官に逆らいません。裁判官がいかに世間知らずで、正しいことをいっても理解できない人間であるかを知っているからです。心の中では、裁判官を軽蔑しているんです。
裁判官にいくら話しても底辺のことは理解できないし、都合の悪いことを突かれると突然、豹変して、感情的になったりする。だから、職員たちは、逆らわないんです。私も、”よほど気心の知れた裁判官でなければ、本当のことは話さない方がいいよ”と、職員にアドバイスしたものです。
裁判官というのは、一人になると自分の意見も満足にいえません。時事問題にしても、本当に裁判官は知らないんですよ。そういうことを知ろうとする習慣もないし、議論するという考えもありません。だから、だんだん疎くなってくるんです。そういう人たちが独占的に法廷を牛耳っているのはおかしいと思いますね」(280頁)


●おかしな判決が生み出される背景にある裁判官の思考回路

弁護士の喜多村洋一は日本の裁判官に対して、こんな意見を持っている。
「結局、裁判官は自らを”権威”と思い込み、さらに判断の基準として”権威の”序列”を持ち込んでいるんです。完全に統治者としての視点しか持っていない人が多いですね。それゆえに権威に弱く、また、硬直した考え方しかできない。そんな人間に審理で複眼的な見方などできるわけがありません。自分の持っている思考回路の枠内で案件を処理するしかない。だから日本ではおかしな判決が次々と生み出されているんです」(272頁)

喜多村はこう指摘する。「裁判官は、ひたすらこの”要件事実”だけを積み重ねて判断の材料としているんです。もちろんこれらの事実は重要ですが、事件はそんな単純なものばかりではありません。…………ところがこの要件事実教育を徹底的に受けた裁判官は、単に要件事実を機械的に並べて判断するしか能がなくなっているのです。これはお役所的な思考回路というしかありません。とにかく、その回路にあてはまらないものは、一切、認識できないわけです。………日本の裁判官の思考の容量は、あまりに小さすぎます。”お役所的””権威主義的”な呆れた判決が多いのは、そういう事情があるからですよ。複眼的な思考を養うために、裁判官に一度は弁護士等の経験を積ませてから任官させるなど、現行の官僚裁判官制度を変えていくことが私は必要だと思いますね」(275頁)

安倍晴彦弁護士談
「裁判官というのは、どうしても先に結論が頭にあって、その結論に持っていくにはどうしたらいいか、という発想になってしまいます。しかし、その結論を国が指し示してくれるのですから、実は楽なものなのです。ただし、仕事の量が多すぎるのは事実。あまりに受け持つ訴訟の数が多いため、いつの間にか、訴訟当事者が単に仕事を運んでくるロボットのように思えてくる。はい次、はい次という具合に次から次に案件を処理していく。……やがて、訴訟当時者に情が移ることがなくなり、ひとつの事案がとにかく早く終わって欲しいと思うようになるんです。丹念に人の話を聞こうなどという気持ちはなくなってきてしまいます。真実を追及したり、正義とは何か、などと考えている裁判官など、今はまずいませんよ」(278〜279頁)

臨床心理士和田迪子談「人としてあれこれ悩んだり、苦しむことを体験せずに過ごし、この生き方で間違いないと思い込んだ”万能感”にとらわれ、心の中に葛藤を持たないまま成長した人たちです。従って、現実検討能力が欠如したエリートたちを採用しているので、実社会と遊離する結論を導き出す可能性が高いということになります。現実検討能力は、裁判における”事実認定能力”にそのまま繋がりますから、いい子、イエスマンタイプを採用しているとしたら、これは憂うべきことだと思います。(283頁)

臨床心理士和田迪子談「人間は不安や緊張、反省…など、いろいろなことを経験しながら感性を養い、万能感というものを捨てていきます。しかし、早くからエリートとして育ち、心の中の葛藤も経験せず、万能感という幼児的発想を持ちつづけた人が、自分だけが正しいと思い込んだまま、大人になってしまったら、現実検討能力は極端に低下します。」(284〜285頁)


●万能感が支配する裁判官の心の問題

『万能感とは何か』(新潮文庫、和田迪子)
<万能感とは自分は万能であると思い込む高揚した感覚である。自分は何でも出来るのだ、不可能なことはないのだという思い込みである。(中略)万能感とは「子どもの心」である。万能感の肥大とはつまり、子供の心の肥大に他ならない。子供の心が大人の心を侵略して、現実検討能力を低下させ、その人間は結果として対処することが出来なくなってしまう>つまり、万能感の肥大化は、現実検討能力の低下をもたらすというのである。(282頁)


●裁判官を長く続けることの弊害

安倍晴彦弁護士は、自戒を込めてこう語るのである。
「長年、裁判官をやっていれば、人の言う事を聞かず、独善的で、しかも他人に対する配慮がなくなります。裁判官をやっていれば、人間は必ず腐ってくる。自分が正しくて、相手の言うことは理解しようとしない。そして相手の方が間違っているという意識が、裁判官には知らない間に身についているものなんです。」(276〜277頁)


●日本の官僚裁判官制度の問題
安倍晴彦弁護士談「日本の官僚裁判官制度はそれ自体が問題だと私は思っています。でも、そのことを批判的に見ていた私ですら、裁判官を長くやっていたため、いつの間にか何でも自分の思い通りになる、という思い込みを持つようになりました。裁判官は長くやるべきではないし、また、いま議論されているように、一定の期間を検事や弁護士として活動し、そののちに裁判官になるべきだとつくづく思いますね」(277頁)


●官僚裁判官制度をどう変えていくべきか

安倍晴彦弁護士談「私は、本当に裁判所を変えるには、国民の手で彼らの権威を失墜させるしかないと思います。司法官僚体制という権威自体をなくしていくしか方法はないと思います」(286頁)

弁護士の野崎研二は、安倍とは違う表現でこんな見解を示す。
「法的な判断は裁判官に、事実認定は一般の人々にまかせようというのが今の世界的な流れです。しかし、日本の裁判官は、その両方を独占的に握り、”神様”になってしまっている。……今の制度である限り、裁判官に謙虚でまともな事実認定を求めるのはとても無理です。高い給料をもらい、身分も保証され、おまけにお一段高い壇上から庶民の争いごとを見下ろしていればいいのですから、当然です。まるで神様のように恵まれた環境にある公務員なんで、裁判官以外に日本には存在しません。私は、本当の司法改革というのは、彼らを神様の座から引きずり下ろすことだと思っています」(286〜287頁)

―――――――――――――――――

これらの情報は、基本的に項目別に複数の人からの意見が揃っているものが多いことから、信用しうると私は判断する。

後日、これら現象分析が正しいという前提で対策案、改善案を提言させていただく。

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