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zoom RSS 日韓断交の根拠 韓国人とわかりあうのは不可能です!

<<   作成日時 : 2013/12/24 06:20   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 14 / トラックバック 0 / コメント 2

ここ1〜2年、各地で日韓断交デモが実施され、維新政党新風は、日韓断交を政権公約としていることを私は知っている。

確かに、韓国の前大統領の反日言動は問題だった。現大統領の反日言動も度が過ぎている。

私は、「国家指導層の一致した反日言動」を日韓断交の根拠とすることに違和感はないが、「困った隣人 韓国の急所」という本を読み、今後相当期間「日韓断交」とせざるを得ない、歴史的かつ宗教的次元での根拠があることを知った。

それは一言で言うと、

韓国という国全体が、朱子学の悪い面に毒され、朱子学という宗教観、価値観で日本という国を弟分であると格下に見ており、その弟分である日本に日韓併合時代、対等に扱われ、同化させられたことが、朱子学的歴史観で決して許せず、そのことに対する報復として反日教育によってその怨みを子孫に受け継いでいく国家的方針が存在すること

が確認できたからだ。

従って、もし、外交上、友好的に日本側が対応する場合

その条件として、

・韓国が、朱子学的思考、価値観を外交関係に適用することをやめる
・韓国の国家指導層、国民が日本に謝罪し、数々の過去の悪行について補償する
・韓国が客観的手法に基づく歴史学を導入する
・親日罪の廃止
・過去の歴史的人物に対する名誉毀損罪の廃止

などを挙げたい。

ちなみに、私は、世界各国の管理職層と対応したことがある。どの方も合理的かつ理性的判断ができる方たちだった。韓国の方は、何人か対応したことはあるが、幸いにして変なことはなかった。

ところが、この「困った隣人 韓国の急所」という本によって、

・世界的にみて、韓国人以上に日本を恨んでいる国はないこと
・韓国人は、朱子学的宗教観、価値観に基づき日本人を未来永劫、怨み続ける民族であること

がわかった。

私は、この本によって、「韓国人とはわかりあえないこと」を納得した。

その点において、「困った隣人 韓国の急所」は、歴史的名著である。

韓国側の認識が朱子学的宗教観そのものなのであるから、わかりあえるはずもないと判断し、外交関係も友好関係も姉妹都市ゴッコも交流ゴッコも不要である。

「完全断交」こそが、正しい選択なのである。

親日派の韓国人におかれては、気の毒な国内状況であることは察するが、朱子学的宗教観、価値観を放棄しない限り、韓国社会の日本への怨恨は消えないはずであることをご理解いただきたい。

こちら側としては真摯に友好的に対応するだけ馬鹿を見るだけであり、二度と係わりたくはない。

以下は、「困った隣人 韓国の急所」の日韓断交の根拠となる著者の指摘である。

――――――――――――――――――――――――

「困った隣人 韓国の急所」 井沢元彦、呉善花

29〜33頁 
韓国では、賄賂も利益斡旋も悪いことではないー呉
いくら本人が気をつけていても、家族やまわりの人たちが、本人の知らないうちに勝手に賄賂を貰ったり贈ったりしてしまいます。
中略
そのため、本人としても何か一つやってくれと頼まれたりすると、とても断ることはできなくてやってしまう。

39頁
李朝に由来する腐敗の伝統ー呉
李氏朝鮮時代では、一族の誰か一人が出世した場合、親族はもちろん遠い親戚まで食べさせてあげることが成功者のなすべきことでした。大統領になれば誰もが不正を犯すという事態は、李朝時代にまで遡る伝統なんです。

46頁
国家が信じられないー呉
朝鮮半島ではひっきりなしに外国からの侵略を受けてきましたので、朝鮮半島の者たちにも中国人と同じように、国家というものは信じられない、信用できるのは家族だけだという意識が根強くあります。

85頁
忠孝を一致させた明治日本ー井沢
明治の日本は、忠と孝は同じものであるとしました。つまり父母に孝養を尽くすように、天皇陛下には忠誠を尽くさなければいけない、と。そういうふうに儒教の教義を変えたわけです。そもそも教義を変えることは、先祖が決めたことを変えるわけですから、それはある意味で先祖への冒涜です。でもそうしないと近代国家は成り立たない。韓国はいまだにそういうことができずに、孝優先主義が強く残っているんです。

85頁
身内の悪口を言ってはいけないー呉
私が韓国で売国奴と非難されているのは、単に韓国の悪口を言っているからではないんです。韓国の悪口をこともあろうに日本で言っているからなんです。

87頁
内容ではなく、批判すること自体が許せないー井沢
まず、外に向かったときに、民族は一つの家族だという身内意識が支配する。そこで韓国の悪口を言われると家族の悪口を言われたと同じ気分になってしまう。家族以外の者に家族の悪口を言うのは家族への冒涜である、これはとうてい許せないことだと、そうなるんですね。
要するに、その批判が理性的なものか、合理的なものかという以前に、同じファミリーなのになぜ悪口を言うんだという、感情的な問題になっているわけです。

102〜103頁
王族・両班の笑えるエピソードー呉
高宗の七男で皇太子の英親王と梨本宮家から嫁がれた李方子妃との間に次男として生まれ、李王家の嗣子としてあった李玖という方がいらっしゃいます。数年前に亡くなられましたが、この方は幼い頃からずっと王家の教育を受けてきたそうです。まわりには女官に当たる女性たちがたくさんいて、ぱたぱたと歩いてはなりませんとか、走るなどもってのほかですとか、徹底的に教育されたそうです。
この方は、大阪の尋常小学校に入学されたんですが、学校では運動会があります。運動会では走らなければなりません。でも走ってはいけないわけです。それでとても困ってどうしたかというと、校長先生が代わりに走ったそうです。汗を流すわけにはいかないので、それこそ校長先生を奴隷みたいにしてしまったわけです。ですから両班たちは足がとても弱かったんです。
中略
一八七六年に日朝の国交が開けますと、李氏朝鮮は日本へ使節・留学生・視察団などを盛んに派遣していきます。修信使と呼ばれた使節団はみな若い両班の息子たちです。二○歳前後ですから足は丈夫なはずですが、彼らは階段を自分の足で上ろうとはしませんでした。

108〜109頁
国家の発展を妨げた両班という伝統ー呉
漢城(ソウル)に教師として赴任して三年間滞在したアメリカの進学者はこう語っています。
「朝鮮で疑う余地のない国家発展の障害物となる伝統がある。それは言うまでもなく両班たちである。たとえ、自分の財産では暮らしを立てられないとしても、彼らは生計のために肉体労働や生産活動をしてはいけない。両班は飢えて物乞いをするとしても、働くことはない。親戚の助けを受けるか妻が生計を立てることがあるとしても、両班は絶対にその手を土に付けてはならない」(G・W・ギルモア『ソウル風物誌』(一八八○年代終わり頃の見聞)
旅行で漢城に数カ月間滞在したイタリアの画家は次のように語っています。「王族と貴族の生活は、全体として言えば、きわめて怠惰なものである。運動は下品な習慣で、自分が稼ぐ人々がするものとみなされる。朝鮮の貴族は、肉体労働のようなみっともないことをするよりは、自殺した方がましだと考える」(A・H・サヴェジランダー『朝鮮ー静かなる朝の国』(一八九二年頃の見聞)

119頁
いくら嘘をついても責任を追及されないー呉
そもそも韓国では嘘をついてばれても、まず責任を追及されることがないんです。これが嘘の蔓延にさらに拍車をかけています。
中略
韓国の新聞社説でもこう言っています。
「韓国の政界では、日本のように嘘をついた政治家が閉め出されるケースが存在しない」(『朝鮮日報』二○○六年四月六日・ネット日本語版)

124〜125頁
儒教は歴史学の最大の敵ー井沢
なんでもかんでも韓国ルーツにしてしまうとか、そういった歴史のねつ造を平気でするのは、まさに儒教がそうなんです。儒教は歴史学最大の敵なんですね。
たとえば、儒教の先祖、創始者である孔子は「かつて聖王が支配した素晴らしい世の中があった。それに戻るべきだ」ということを言っていますが、本当に聖王がいたのかどうかの歴史的な検証はまるでされていません。

125頁
先祖は聖なる者でなくてはならないー呉

126頁
芸術を排除する朱子学ー井沢
儒教は歴史学の最大の敵ですが、芸術にとっても最大の敵なんですね。儒教、とくに朱子学は、社会のあり方を一律、画一的なものに同一化していきます。儒教というよりは朱子学ですが、そのように統一された社会のシステムのあり方にあらゆるものをはめ込んでいきます。ですから、本当の芸術が生まれるわけがない。

127〜128頁
芸術は卑しい者のすることー呉
南宋の政治は、学識をもった文人官僚によって行う文治主義をとりました。南宋では文人芸術が花開いたわけですが、当時の文化の担い手の中心にいたのは彼ら文人官僚、つまり士大夫と呼ばれる儒学を身につけた知識層でした。それならば彼らは芸術を尊重したかというと、まったくそうではなかった。彼らは、同じ文人でも自分たち学者の「文」と芸術家の「文」とは格がまるで違うんだといって、芸術家を自分たち学者の下に置いて軽視したんです。それで彼らは、本来の「文」はこうあらねばならないという、厳格な決まり事のようなことを主張しました。
一つは、本来の「文」とは「文を道に載せるもの」でなくてはならない。つまり文には道徳的な精神が込められていなくてはならないということです。(載道)二つは、珍奇なものをもてあそんだり、枝葉末節にこだわるものであってはならない。無駄なことにこだわって真に学ぶべきことを見失ってはならないということです。(玩物喪志)三つは、善行を推奨して悪行を懲らしめるものでなくてはならない。(勧善懲悪)というものです。
これが本来の「文」、つまり学者の「文」なのであって、芸術家の「文」はこうした基準の外にある価値の低いものだと軽視したわけです。

130頁
過去への反省がないから革新もないー呉
一つには過去を反省することがないからです。以前の考え方や古い時代の価値観が間違っていたとなれば、普通は反省して自己を革新するというか、考えを改めていきますよね。韓国にはこれがないんです。
そして、二つには、素晴らしいものが世の中に出てきたり、これが高級なものだ高度なものだと世の中で高く評価されるようになると、自分たちにはなかったものでも以前からあったと主張したがるということです。

131頁
朱子学に染まらなかった日本ー井沢
韓国の千ウオン札には李退渓(一五○一〜一五七○年)の肖像画が描かれていますが、朱子学を完成させたのが、李退渓ですね。私は、李退渓が朱子学を完成させたことは朝鮮民族にとって非常に不幸なことだったと思っています。朱子学が生まれた南宋時代というのは、中国が北方の異民族からさんざんいじめられ侵略されて、その反発から外国人を非常にバカにするとか、自分たちの文化こそ唯一だとか、そういう考えに凝り固まった時代です。
その時代に完成された、まさに自己中心的で、他の文化を認めない朱子学というのが、より朝鮮半島で強化されてしまった部分がある。

158〜159頁
親日を公言すれば社会的な抹殺を受けるー井沢
中略
韓国で歴史を正しく論じることができないのは、論じたら韓国の社会ではまともに生きているくことができなくなるからです。

171〜173頁
怨みには怨みをもって向き合え、と説く儒教ー呉
韓国人に特有な怨みがあります。それは何に基づく怨みなのかというと、やはり儒教の孝なんです。朝鮮半島でも李氏朝鮮より前の時代は儒教絶対ではありませんでしたから、儒教の孝に基づいた怨みの考え方は、古くからずいぶん問題視されてきました。
たとえば、古代八世紀、新羅の仏教のお坊さんで大賢という方が書物のなかでこういうことを言っています。
「世間の孝は怨をもって怨に報ゆ。勝義の孝は慈をもって怨に報ゆ」(梵網経古迹記)
中略
これは仏教の慈愛の思想ですね。朝鮮半島にも古くはこういう考えがあったんです。老子も「怨に報ゆるに徳を以てす」(『老子』六三章)と言っていますが、孔子はこれに異議をとなえています。それではどういったかというと「徳を以て報いるのは恩徳を受けた相手に対してのことであって、怨恨を受けた相手に対しては公的な善悪の判断(直)をもって対処すべきである」なんですね(『論語』「憲門」。

175頁
善意から悪行は出ないと考える韓国ー呉
日本ではその意図はどうあれ、他人に迷惑をかけたということが、何よりも悪いことなんですね。それはよくわかりますが、韓国人はそれを善意からだとは思っていません。善意から出る悪行なんてない。悪行は悪意から出るものだというのが儒教的な考えですから。ただ、「人類みな同じ」という日本人に特有な考えが、韓国人にはまるで通じないのは確かなことです。なぜそうなのかは、やはり宗教性の問題になると思います。

175頁
宗教への理解なくして相互理解はありえないー井沢

177頁
先祖の怨みは子孫の怨みー呉
「先祖の名誉を汚した者に子孫は必ず報復しなくてはならない」ということです。儒教の孝というのはこれを善とする道徳なんです。
それだから反日教育が根づくんです。

177〜178頁
歴史的人物を批判すれば名誉毀損に問われるー井沢
この本で金 完孌さんは、李氏朝鮮の皇后、閔妃(みんび)を批判したことでその子孫から名誉棄損の訴訟を起こされ、刑事、民事ともに有罪となっています。
中略
また、その裁判のときに金 完孌さんが「金九(キム・グ)は閔妃の敵を討つために無実の日本人を殺害し、その後に中国に逃避した朝鮮王朝の忠犬だ」と批判する印刷物を傍聴者に配布したことで、金九の子孫から名誉棄損の刑事告訴を起こされて有罪となっています。
中略
アメリカでアブラハム・リンカーンは差別主義者だと言ったら、日本で大久保利通や伊藤博文の批判をする者がいたら、その子孫は訴えることができるかといえば、もちろんできるわけがありません。近代国家ならできないのが当然ですが、韓国ではそれができるんですね。これでは歴史研究なんか不可能です。こんな国とまともな歴史論争なんかできるはずがないということ、そのことはきちんと指摘しておかないといけません。

182頁
日本という攻撃ターゲットが必要な理由ー井沢
韓国の民族主義は呉さんが言われるように、反日主義と不可分の関係にあるんですね。ではその根はどこにあるかというと、日本が朝鮮半島を植民地化した歴史にあるわけです。日本統治がなければ、韓国がこれだけの反日民族主義国家になることはなかったでしょう。韓国では日本統治は「屈辱の歴史」とされますが、それは他でもない日本だからこその屈辱なんですね。この発想はどこからくるかというと、やはり儒教です。

184頁
井沢元彦
韓国人は自分たちは日本人の兄だと思っている。朝鮮は中国の属国でしたから中国は親、日本は中国の属国ではありませんでしたが、自分たちが昔から文化を伝えてやった弟だと低くみてきたわけです。日本は弟なのだから、兄たる韓国には「悌」を尽くさなければならない存在だという、そんなプライドがあるわけです。ところがその弟がこともあろうに兄を支配下に置いた。兄としては、これほどの屈辱はない。とうてい許すことはできない。

185〜186頁
呉善花
自らを兄貴格の小中華として誇り、日本を弟格の文化的に低い未開国とみなす伝統的な侮日観

187〜188頁
日本とは七○年間にわたって戦争したー呉
韓国の正統的な歴史認識では、韓国は一八七五年(明治八)以来、日本と七○年戦争を戦ったと主張します。
中略
その七○年間とは、一八七五年の日本による韓国江華島砲撃にはじまり、日朝修好条規、日清戦争、日露戦争、日韓議定書、第一次〜三次日韓条約と続いて日韓併合条約が締結され、三五年間にわたる日本統治が一九四五年に終わるまでの七○年間です。


196〜197頁
善意の押しつけをした日本ー井沢
日本の朝鮮統治はかなり立派なものだったと私は評価しています。韓国の教科書では、日本の支配に対してはみんなが不満をもっていて、いつも反乱を起こしていたように書いてあるけれども、それだったら統治が何十年も続くわけはないのであって、すぐ瓦解していたと思います。
かといって、日本のしたことがすべてよかったとは思っていません。悪いところもありました。それは善意からやったことではありましたが、配慮の欠けた押し付けがあったと思います。
中略
韓国を支配下に置くにあたって対等な合併という形をとり、あわせて韓国人を政治、経済、社会のあらゆる分野に登用しました。膨大なインフラ投資もしました。つまり韓国人を日本人と同化することによって一体化し、差別をなくそうとしたんです。
中略
問題は日本人がそれを善いことだと思ってやったことです。やられるほうにしてみれば、自分の民族文化が圧殺されるということです。私が言う善意の押しつけとは、そういうことです。

198頁
歴史を善悪で見てはいけないー呉
韓国併合とは世界史上の一つの出来事なのであって善悪の問題にしてしまってはならないと思います。韓国は善悪の問題にしていますが、それにつき合う必要はないんです。韓国があまりにも悪だ悪だとばかり言うもので、確かに悪もあったけれども善もあったんですよと言う。
そこに韓国はつけこんでくるわけです。日本人は悪いことがあったと認めている。しかし善いこともあったと反省していない。そうなってしまいます。こうして韓国は善悪論議に巻き込んでいくわけです。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
元彦氏自体がちょっと変な思想なので、それを鵜呑みにするのもどうかと思います。
たにままき
2015/02/15 20:46
「たにままき」さんがどういう政治思想なのかに拠るのではないでしょうか?
管理人
2015/02/16 06:12

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